2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第7回 藤田先生 6月10日 1/12
サイバー・アジア 都市のデジタル・ネイティブたち
おはようございます。国士舘大学21世紀アジア学部の藤田と申します。
私の専門は、現代メディア技術および情報技術の変遷と、それらが社会や文化に及ぼす変容の部分です。ですから、アジアの歴史や文化というものを専門にしているというよりも、メディア、特に20世紀以降劇的に拡大したマスメディア技術、もう一つは20世紀末より、これも劇的に拡大しつつある通信に代表されるコミュニケーション技術というもの、これらが現代社会にどのような影響をおよぼしつつあるのか、ということを研究しています。今回は、90年代からの世界的な「IT革命」のアジアへの普及・展開、これがどのような形で行われてきて、今のアジア社会にどのような変貌をもたらしているかということについて、お話できればと思います。ですから、私の場合、一つの都市について詳述するというよりも、複数の現代アジア都市に「共通」するメディア・情報的な「現象」について、ご紹介し比較考察するという形にさせていただきます。

■メディアから見るアジア、現実のアジア
私が在籍している「21世紀アジア学部」は、名前の通りアジアからの留学生が大変多いわけです。彼ら自身が、20世紀末から21世紀始めの変貌するアジア社会、特に都市に生きる若者そのものなんですね。つまり彼らは、私が生きてきたメディア社会とも、もちろん皆さんが生きてきたメディア社会とも違う歴史性の中で生まれ、育ちつつあるわけです。別の言い方をしますと、彼らアジア留学生がなぜ日本に来るのか、なぜ東京に憧れるのか、日本語を勉強するのか、どこからそんな情報を得たのか、そしてどんな「現実」を知るのか、というところに今日のグローバル化、情報社会化の重要な側面が現れている、と思います。
また、たくさんのアジアからの観光客が今日本に来ていると思います。彼らが初めてアジアから日本に来て、一体どのように感じて帰っていくのか、メディアで体験する日本・東京と、現実の日本・東京とはどのように違うのか。逆に私たちがメディアで知っているアジア、それから実際に行って初めて気がつくアジア、メディア体験と現実体験のギャップがどこにあるのか、そこによって彼らや私たちの感覚が変容するということです。情報社会、情報生活の真っ只中で生きる我々にとって、これは大変重要なポイントだと私は思っています。

■テクノロジー感覚、開発と普及
今の若者を代表する「道具」とは何か、というと、おそらくまず頭に浮かぶのは、そう「携帯電話」です。これは、おそらく人類にとって共通の個人情報機器へと「進化」しつつある、と言っていいでしょう。情報革命というのは、情報の個人化、ネットワーク化への欲望により、推進されてきました。情報革命の最初の大衆化は、やはり「パソコン=パーソナルコンピュータ」の登場です。40年前、アメリカ60年代末の若者達、ヒッピームーブメントの渦中にいた若い技術者であるアラン・ケイが、「個人のためのコンピュータ」(ダイナブック)のコンセプトを構想しました。彼はこう言いました。
「テクノロジーは、それが発明される前に生まれた人にとってのみ、テクノロジーとして意識される」
例えば、みなさんは、車というものをテクノロジーだと思って乗るでしょうか。つまり、生まれた時からそのテクノロジー、技術があるとき、それは通常の道具として私たちは受け入れていく。しかし、パソコンや携帯電話、インターネットはそうではない。私たちは意識して、そのテクノロジーを「道具化」「身体化」していく。そういう彼ら若者たちの中にある私たちと違う情報感覚、技術感覚というものが、もはや東京、アメリカ、パリ、ロンドンだけではなく、全世界の世界都市と言われるところで生まれつつあるんじゃないか、という気がしています。そして、それはこの20年くらいで、一気に起こったことだろうと思っています。