2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第7回 藤田先生 6月10日 2/12
サイバー・アジア 都市のデジタル・ネイティブたち
テクノロジーの開発を担う人たち、技術者ですね、彼らはいつも「こんな技術を世の中に出していこう」という形で、ある未来の社会のイメージを構想するわけです。ところが、この携帯電話ひとつをとってもそうですが、これだけみんながどうでもいいメールをやりとりするようなことを、果たして技術者達は考えたでしょうか。これによって世界各地で政治や社会が大きく動き出すわけです。韓国で、中国で、アメリカで、そしてイランで。つまり、技術者の思惑とは全く違う使い方をするというのが、現実の社会のありようなわけですね。技術というのは技術者の思惑を常に超えていくんだという、この面白さと複雑さ。なぜ政治や法というのが技術を怖がるかというと、それは社会のある種のコントロールを不能にする、破壊的な力があるからです。
コンピュータというものも、実は最初は原爆開発のために必要とされました。軍事技術が今の情報技術を作ったわけです。後ほど詳述しますが、インターネットも東西冷戦下の戦時情報ネットワーク開発としてスタートしています。それが半世紀を経て、昔スーパーコンピュータといわれたものが、これ(携帯電話)の中に入ってしまって、生活や遊びの道具にさえなってしまったわけです。そしてそれが、またアジアの社会をも大きく揺れ動かしているという状況。実にダイナミックな情報社会の入り口に、私たちは立っているようです。ここから少し歴史的に俯瞰をしながら、現代アジア情報社会の中に入っていきます。

■情報社会 「第三の波」とグローバリゼーション
情報社会を考える上で、アルビン・トフラーの「第三の波」というエポックメイキングな本が80年代に出版されています。彼は未来学者と言われています。当時かなり売れた本ですが、現在は絶版のようです。その著書の中で、彼は人類は農業革命、工業革命を経て、現在情報革命の時代に突入している、と提唱しました。第一の農業革命は、定住生活や大規模な集団社会を作っていくための農作物の大量生産、供給、保存を可能にする技術の獲得。それによって人間は「社会」を作る基本を形成した。その次の工業革命は、皆さんもご存じの通り、産業革命と言われる近代化に邁進する社会です。西洋から始まった近代化の中で今度は物を大量生産し、流通し、消費するというシステムを、数世紀の間に成長・拡大させていきます。その拡大の過程で、植民地の拡大による世界再編、帝国主義、そして20世紀の二度の世界戦争へと帰結していくわけです。
その20世紀の世界戦争の過程で、アメリカにおいて原爆を作るための高度な計算機能を持つ大型コンピュータが開発されていく。戦後そのコンピュータの開発を更に進めていく中で、驚異的なダウンサイジング、小型化が進み、ついに70年代、PCの試作品が登場するわけですね。同様に、戦後の東西冷戦構造の中で、軍事のための通信技術の高度化を求めて、インターネットの前身にあたるARPAネットが、国家プロジェクトとして開発されていく。

この数十年間の中で、情報革命のための技術開発が、アメリカにおいて着々と進展してきていたわけです。ですから、今日の情報技術というものの基礎的な部分は、ほとんどアメリカの技術です。89年ベルリンの壁の崩壊、ソビエトの崩壊に象徴されるように、いわゆる東西冷戦体制は崩壊し、90年代になり、アメリカはインターネットの商用化に踏み出す。そして情報技術のビジネス化、そして大衆化という形で情報革命が起きていく。トフラーの言う情報革命は、90年代に入りまさに絵に書いたように全世界に進展していく。あらゆる情報技術、ビジネスモデルが世界共通化を目指し、オープン化を志向する。情報革命により、世界はまた再編される、そういう風な流れが起きることは必然なんだ、ということを彼は言っていたわけです。