2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第7回 藤田先生 6月10日 4/12
サイバー・アジア 都市のデジタル・ネイティブたち
■アジア通貨危機(1997)と各国の情報化施策
東西冷戦後の90年代後半、アジアが最初に情報社会下でのグローバリゼーションの洗礼を受けたのは、言うまでもなく1997年のアジア通貨危機ですね。ITは、まずFT(ファイナンシャル・テクノロジー)の進化として、世界化したわけです。これにより、アジア各国は大変なダメージを受け、グローバリゼーションに対応するための情報化政策、独自の情報国家作りをしようと模索を始めました。基本的にアジア各国の経済政策は、国家主導型が多く、情報政策もその流れで、計画的に進められていきました。しかし、日本はかなり早くからITの先進技術をキャッチアップしていたにも関わらず、この社会導入・普及に逡巡していた。要するに市場にまかせていた、国家主導型経済じゃなかったということです。情報教育においても、同様の姿勢でした。そのため、実は現在、IT教育の不徹底によるITリテラシーの「世代的空洞」を生んでしまいました。つまり、各国の制度・政策との関係で、アジア情報化の進展に微妙な違いが出てきたということです。
アジア通貨危機においてデフォルト寸前まで追い詰められた韓国は、経済復興のために、きわめて大胆な情報国家構想「サイバー・コリア21」を作り、実行していきました。IT国家における一つの社会実験をしているんじゃないかと思うくらい、韓国というのは凄まじいスピードで社会をIT化していきました。シンガポールなども、完全に国家主導型情報政策をいち早く取り入れて、アジアで最先端のIT社会を構築した都市国家と言えます。中国はご存知の通り、徹底した国家主導で動いています。90年代後半にインフラを形成し、2000年前後からの急速なビジネス推進と教育政策により、普及・大衆化のスピードは、世界最速といってもいい。しかし、中国共産党自身も困っているんです。何が困っているかというと、情報技術がこんなにも凄まじく社会を変えるのか、予想以上だという状況が起きてきている。おそらく、もはや中国はネット社会をコントロールできていない。出来ていないんだけど必死でコントロールしようとしている状態ですね。それはやはり、さっき言ったように、技術には破壊的な部分があるということです。社会を破壊する部分。だけど、一端パンドラの箱を開いてしまった限り、情報社会は進むところまで進む。一国のコントロールを超えて動き始めたのが、現在のITをベースとしたグローバリゼーションのベクトルなんだ、と思います。

■後発性の利益
日本というのは、明治維新以降、比較的ゆっくり時間をかけて、工業化、段階的な近代化という経済、社会を作ってきています。当然、イギリスなど欧米社会は、もっとゆっくりやってきたんですね。ところが、アジアというのはそういうことをやっている余裕がない。一気に「今」に追いついていかなきゃいけない。韓国の場合、大統領となった金大中が何をしたかというと、情報国家政策、知識国家構想というのを、97年のアジア通貨危機後に一気に推進する。つまり最新の技術を一気に入れてしまう。たとえば、社会をアナログ電話のインフラ環境からデジタル電話環境にするためには、日本全国の通信技術基盤を全部変えていかなければいけないんです。携帯電話も、アナログ携帯電話からデジタル携帯電話にするために全国のアンテナを全部入れ替える。これは、ものすごいお金がかかります。NTTは、経営的にも急激な変化を恐れたわけです。社会的な通信インフラ環境が未構築だった国、社会ほど、最新の技術導入が制度的にも経済的にも容易になる。アフリカに至っては固定電話もほとんど普及していない社会ですから、最初から携帯電話をみんなが使う。家族で1台、村で1台持ち、みんなで使う、貸してあげるという携帯電話社会も生まれているわけです。アンテナさえつければ出来る。モンゴルの遊牧民も携帯電話を持って生活していますね。つまり、そういう意味では後発からのスタートでも、情報社会というのは十分同じレベルまでいける。アジアの情報化は、いわゆる「後発性の利益」を十分に享受していると言えます。