2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第7回 藤田先生 6月10日 6/12
サイバー・アジア 都市のデジタル・ネイティブたち
先ほども少し触れましたが、アジア通貨危機後の1998年から2000年にかけて、韓国はおそらくアジアで最も早くインターネットが普及した国だったといえます。当時の金大中大統領が進めた「サイバー・コリア21」は、情報インフラの整備、ITを中心とした新事業の創出、そして国民の情報教育の徹底でした。当時、アジア通貨危機が起きた後、失業したある種のホワイトカラー、技術者の人達が、これから何かして生きていかなきゃいけない、俺はちょっと技術があるからインターネットカフェ(PC房)を作ってオンラインゲームなどを導入し店舗展開しよう、というベンチャービジネスが動き出す。これに飛びついた若者によりインターネットは新しい道具として普及し、都市部のマンションヘのADSLの急速な敷設と共に、一般家庭にも浸透していきました。
韓国は都市部であるソウルに人口が集中していて、かつマンションが非常に多い。マンション都市といわれてもいいくらいです。インターネットが普及しやすい環境が整っていたことも大きな利点となりました。 また、国家政策として産学協同、ITベンチャーとの連携というものも推進された。たとえば、延世大学では日韓共同でのオンラインゲーム開発、ビジネス開発を10年ほど前から始めていました(写真下)。このようにネットを使う社会状況が、若者を中心に、急激に動き出していた。

 

2002年の韓国の大統領選挙というのは、世界で始めてのネット選挙だと言われています。このネット選挙というのは、今まで全世界のどこも経験したことのない選挙だったわけです。韓国はそれをやってしまった。既に若者にとって、ネットは表現の場であり意見を言う場になり始めていた。そういうところに大統領選挙がぶつかった。中心層は30代のITに詳しい人間達。「386世代」、いわゆる1990年代に30代で、80年代の民主化闘争時に学生で、60年代に生まれたという世代です。そういう層が盧武鉉の政治運動をネットを駆使しサポートしていく。インターネットのオピニオンとマスメディアのオピニオンという二つの大きな流れが出来ていくわけです。韓国マスメディアの持つ歴史的な経緯、ポジションもあり、韓国社会はこれを機に大きく変貌していきます。その後、この国の政治運動、社会運動に、ネットは不可欠なものになりつつあります。

■「総表現社会」の到来
一般の人たちが、インターネット上で日記を書いたり、意見を言ったりする状況(電子掲示板、blog等)が生まれてきています。もちろん、これは日本のみならず、アジア諸国でも急速に浸透してきています。これにより、いわゆるマスメディアというものとネットメディアの間に複雑な関係が生じてきています。「プロ」による一方的な伝達媒体であるマスメディアに対し、今まで何かが言いたくても言えなかった大衆の側に、情報や意見を発信、また相互討議を可能とする「媒体」ができたわけです。