2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第8回 藤田先生 6月17日 1/10
ユビキタス・アジア 「環境化」する情報技術と都市
おはようございます。今日は「ユビキタス・アジア」、あまり聞き慣れない言葉ですが、さらに変貌するアジアの新しい情報環境について話します。
今日の話をする前に、少しここ数日の記事で面白いものが出ていたので、その話から入っていきます。皆さんも新聞等でご存じのように、今イランという国は、先日の大統領選後、大変なことになっています。大統領選の不正に反発した「改革派」により、イラン全土でデモや暴動が起きています。これに対し、世界中の報道陣が取材に来る。しかし、イラン当局としては自由な取材は一切禁止という通達が出て、結局国営放送、もしくは正式な通信機関からの取材、報道、撮影のみということになっています。でも、ご存知の通り、現地で起こっている様々な情報や映像が、プロフェッショナルによるマスメディアの「事実」の報道かどうかは別にして、ネットやyou tubeを通じて全世界に広がっている。また、当地イランでの若者たちのデモへの呼びかけも、twitterという口コミチャット的な新たなネット・ツールを駆使して行われている。
21世紀に入ってから情報社会に起こった最大の変化は、マスメディア以外の様々な情報、個人発の文章、写真、映像というのが、インターネットを通じて縦横無尽に全世界に流れるようになったことです。しかし、それにより個人にこれを判断する「リテラシー」という大きな能力が要求されてくる。「賢い」使い手としてインターネットを利用しなければならない。インターネットというのは非常に早いスピードで、平等かつイージーに普及しています。かつて報道、マスコミ、もしくは学者、知識人というのが、書き語り伝える際に要求されていたある種のミッション、責任というものなしに情報社会は動き出している。この情報社会をどうコントロールするのかという問題は、一つの都市、ひとつの国を超えた問題になってきてしまった。

先日、世界ICTサミット2009というシンポジウムが、大手町日経のホールで開かれました。これは政府や経済界の人達が、情報消費社会の未来というテーマで2日間話し合うものですが、そのテーマのひとつSNS(Social Networking Service)が社会やビジネスに与える影響、その「世界性」について論議されていました。これひとつを見てもわかるように、実は日本だけでなく、これらの技術プラットフォームは世界性を持ちつつあります。そしてそこで受発信される情報とその共有は、各国の経済、政治、文化に大きな影響を及ぼしつつあります。それも、一番好奇心の強い若者大衆層の大きな運動として。物理的な現象として見えてこないので、表からは見えにくいわけです。これは、ほとんどこの10年以内で着々と進行してきたことですが、近年一気に社会の中心課題になってきている。当然その中心になるのがアジアだというのは、ネット大衆層の人口、その増加速度が最も激しい地域だからに他なりません。まさに、使い手のシェアの最も高い部分ということです。「リテラシー」を置き去りにして進む技術普及、という側面もアジアには顕著かもしれません。
もう一つ。これは4月ごろから起きたことですが、中国に入ってくるあらゆる情報技術的な製品の技術仕様の強制的開示を求めるという通達があり、従わない製品は中国で売ってはいけないということです。かなり揉めているので、現在ちょっと延期になっています。また、中国国内で販売するパソコンに全て中国製の指定検閲ソフトを入れるという話も出てきています。世界のメーカーはその意図を図りかねている。「社会の安定」を守るという、「公共の利益」に反するものを見えないようにするという名目なわけですが、それは誰が決めるんだ、という話でまた揉めるわけですね。