2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第8回 藤田先生 6月17日 10/10
ユビキタス・アジア 「環境化」する情報技術と都市
また、こうなると各国における都市と地方の差異、また世代の差異は相当なギャップを生みつつあるのではないか。中国やインドおいては想像を絶するものでしょう。以前、上海に行った時、浦東地区の最も高いタワーに高速エレベーターで上ってみました。雲にも届かんばかりの展望台から変貌する街を見下ろしていたら、隣にかなり地方から旅行で出てきた老人の方4人くらいが、かつての人民服然とした服装で唖然として下界を見下ろしているわけですね。多分、近年緩和された団体旅行で上海に来た人達なのでしょう。たった20年ほどで、全く違う中国世界が出現してしまったという、我々の世代ギャップなんて比較にならないほどの世代ギャップが、アジア各都市と地方の間に起こりつつある、という気がします。もちろん、その心性においても。


■規律による「行動管理」から情報による「環境管理」へ
最後に、「ユビキタス」に関わる大きな技術・社会的な課題を提出しておきたいと思います。おそらく、農業社会では、農業社会での社会性、共同体のルール、また工業社会では工業社会なりの社会性、組織・地域のルールがそれぞれの文化的背景を伴って成立していたように思われます。そのルールにもとづいた振る舞いやモラルを有していれば、おそらく社会生活は、ある程度は安全で効率的なものだったはずです。ところが、情報社会化でのグローバリゼーションは、これらの上に新たな社会性、ネットワークのルールを要求し始めているのではないか。まだ、それが何かはとてもわかりません。技術進化途上でのネット上で頻発する事件、犯罪、モラルへの対処、また全てが流動的なグローバル都市におけるバイオメトリクスのような情報技術での管理、また監視カメラのようなバーチャルな「視線」での行動・環境の監視。それらは、おそらくはまだまだ過渡期の対応策なのかもしれません。しかし、それらは人間が、一言でいうと「賢く」なったかどうかというと、非常に怪しい。21世紀のアジア現代都市は、まさに情報社会の実験場として、多様な試行錯誤を迫られていると言ってもいいのかもしれません。



『ユビキタスとは何か―情報・技術・人間』坂村健(岩波新書)
『ユビキタス・ネットワークと新社会システム』野村総合研究所
『世界のペイメントカード』山下徹(C-media)
『シンガポール国家の研究』岩崎育夫(風響社)
『監視カメラ社会』江下雅之(講談社+α新書)
『グローバル・シティ』サスキア・サッセン(筑摩書房)
『グローバリゼーション 文化帝国主義を超えて』ジョン・トムリンソン(青土社)