2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第1回 梶原先生 4月15日 10/10
王都の憂鬱:バンコク
ですからバンコクの都市としての性格がタイの新しい王権の象徴の王都であることは間違いないんですが、当初からそれに加えて、中国系の移民を含めてコスモポリタンな要素、それから戦後の大量な日本人の居住者も含めて、そうした性格があるにも関わらず、ナショナルなものが強く出てきたとも考えられます。
タイの王室そのものは外国とつながるということが特徴の一つです。今日でもそれがなくなったわけではないですが、これを国家とかナショナルなもので置き換えてしまうと、実はこれは王様にとっても非常に危機なわけです。王権と国家が全く重なってしまうというのは、王権がその意味を失ってしまうような重大な危機というものがバンコクを見ていると起こってきて、それが今回の事件で王様が調停者としての意味を失ってしまった根本のところにあるように思われます。
タイ人の多くによれば、現国王があまりにも偉大なために王位継承の問題があるということになります。
もともとバンコクの都市の基本として、一方では伝統的、タイ的なものではあるけれども、それは実は国際的、コスモポリタン的であるという特徴がありました。どんな都市でもある程度の規模の都市というのは、固有の地元性、ローカル性と、それから都市が都市であるためにはそこに異質な存在、あるいは異質な存在がいることによってその都市とほかの都市との仲介が行われるというような性格があるので、大都市であればそこが単一民族であるとか、単一の階層の人が住むということではなくて、多様性ないし様々な要素が組み合わさらないと都市らしい都市にならないということがどんな都市でもある程度大きい都市になればあります。
バンコクはまさに東南アジアを代表するそうした多様性をもった都市で、現在でもありますし、あったわけですけれども、それが少しタイの首都と、一方では行政的に当然なわけですけれども、少しそうなりすぎたのかなという気もしております。
都市が閉鎖性を強めると都市の魅力というのはやはりなくなってしまうわけで、つまり国民が所有権を主張するのは当然のことですけれども、東京は日本人だけのためにとなったら東京のいいところは全部なくなってしまうわけで、東京にはいろいろな人がいるから東京らしいと。国内的には東京生まれよりも東京生まれでない人も多いだろうし、国籍の違う人もいるということで東京が成り立っているということです。

私はタイ料理が大好きな食べ物の一つでありますけれども、バンコクに行ってもタイ料理を食べようという気があまりなくなってきました。といって日本料理を食べるわけでもなし、イタリア料理を食べるわけでもなしにタイ料理を食べているんですが。タイの新聞のレストラン評で褒められているレストランに行っても、まずくはないが昔に食べて新鮮で慶ばしい感覚がないんですね。
こちらの味覚にもう感受性がなくなってきたのか、それとも面倒くさくなったのかよくわからないのですが、先日もそんな経験をしました。タイ料理は結構甘いですが、40年つきあっている間にこちらの口が麻痺したのか、もっと料理に砂糖を使うようになったのかわかりませんけれども、昔バンコクで60年代70年代にタイ料理を食べて感激したようなことは残念ながらなくなってしまった。当時のバンコクはどこでなにを食べてもおいしかった記憶があります。
屋台のソバは相変わらずおいしいですけれども、こっちが変わったんだろうと思いますが、バンコクはどうも食べ物も退化しているのではないかという、はなはだ個人的、主観的な感想をご報告して今日のバンコクのお話しとさせていただきます。ありがとうございました。