2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第2回 梶原先生 4月22日 5/7
地上の楽園:アジアのヒル・ステーション(ダージリン、パギオ等)
また、今のような空調設備がありませんから、いくら涼しいとことはいっても、夏は30度ぐらいになるとこですので、その暑さをどうやって逃がすか。今度、逆に冬の寒さをどう遮断するか、そのために通気性であるとか、こうした工夫を当時のできる技術で考えた、いわゆるコロニアル様式といった独特の建築様式が発展しております。
兵隊の駐屯地もこうしたヒル・ステイションに作られていまして、暑いときは軍人もこういう所で英気を養うことがなされていました。都市計画、非常に大きな都市ではありませんけれども、ほとんどのヒル・ステイション、国を問わず、これは本国の当時の第一級の建築家、あるいは都市計画家がその計画作成に従事しています。ですから、植民地の山の中の片隅であっても、お茶を濁すということではなくて、本格的な都市計画、さまざまな複雑な都市機能を考えて、当時の最新の医療や教育の技術、そして管理運営を導入して作られたということになります。これは、ある意味で、ヨーロッパの力を示すということを言いましたけれども、理想都市を造るという作業にも近いことが行われたわけです。

<理想都市>
都市は、人工的なものではありますけれども、アジアの都市を見ると、必ずしもそうではなくて、やはり、自然発生的に人がどんどん集まってきて、都市計画を超えてしまうことがあります。これが魅力でもあり、あるいは秩序だったものを作りにくいという難点でもありますけれども。そういう人工と自然がせめぎ合うような場所として、アジアの場合は感じられることが多いわけですね。完全に計画的に都市を作って、人口流入を抑制してというのは、まあ、その指向性が一番強いのは、シンガポールだと思いますけれども、他の都市は、もう、それでは間に合わないわけですね、人がどんどん来てしまって、広がっていくというスプロール的な現象が、アジアの都市の場合は特に感じられます。
ここに示したヒル・ステイションは、計画的に理想都市、山上楽園ともいわれますが、その当時の一番エッセンスを集めて、理想的な場所、ユートピアを作ろうとしたといってよいでしょう。それが同時に国威発揚であったり、帝国の栄光を示すものであったということも言えるのかもしれません。

これまでハードウェアを中心にお話をしましたが、都市のソフトウェアとして、例えば、音楽会が開かれるとか、パーティーが開かれるとか、そうした社交を行うのがヒル・ステイションの重要な機能でもあります。舞踏会が開かれるとか、音楽の演奏であるとか、絵画の展示であるとか、こうしたものの、ヨーロッパの生活に近いところでの芸術を植民地社会に広めていくきっかけを作ったのもこうした場所です。お付き合い、お呼ばれ、家庭で友人、あるいは客を招いて食事をする、そうした社交なども、日常仕事に追われる状況では、なかなか心おきなくできないわけですが、ダージリンに来ると普段の生活の忙しさからも解放されて、より純粋に生活を楽しむことが可能になります。都市生活、あるいは都市で行われることをより純粋な形で楽しむ空間、そういう場所でもあったということが言えます。
独立後、こうしたヒル・ステイションは維持管理の難しさや財政の問題で、だんだん荒れていってしまうこともよく起こりました。例えばバギオの町、これは昔のアメリカ人が書いたものを読むとたいそうすばらしい所ですが、1990年代に行ってみると本で読むのとは大違いで、道はデコボコ。地震の後だったものですから、橋が落ちてて、もう大変な渋滞で、橋を渡るのに10時間かかったりするようなひどい目に遭いました。それでも行ってみれば、大変すばらしい所なのですが、しかしながら、アメリカ時代の写真に残っているようなインフラストラクチャーというのはかなり劣化して壊れてしまった、あるいはもう修繕が利かない状態となっていました。