2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第3回 松岡先生 5月13日 5/9
ムンバイ:"ボリウッド"から世界に発信する大衆文化の都
サイレント映画は、インサート字幕をつけて見るというのが一つの方法です。あと、弁士で見せる方法もあります。弁士がつくと、文字が分からない人でも弁士の話を聞きながら楽しめるわけですが、インサート字幕の方は、映画の物語の画面が進んでいって、その途中に字幕だけの画面が出る、という形になります。字幕だけの画面で説明をして、また次に普通の画面が出てくる。インサート字幕は日本だと日本語だけでいいんですけれども、言語が多いインドでは、ヒンディー語とウルドゥ語、それから英語も入れて、時にはグジャラーティー語を入れて、とか、いろんな工夫をして見せていたんですね。

ちょっと脱線しますが、インドの場合言語が多いと言いましたけれども、文字もそれぞれ違います。違いをちょっと見ていただくと、北インドで一般的に使われている挨拶の言葉「ナマスカール」をヒンディー語の文字で書くとこうなります。これの簡略形が「ナマステ」になりますが、こちらはちょっと砕けた挨拶なので、「ナマスカール」を憶えて下さい。
これがタミル語になると、「ワナッカム」になります。タミル語文字で書くとこうなります。さらに違う文字というと、ウルドゥ語という、アラビア文字で書く言葉があります。ウルドゥ語はイスラム教徒の人が使うことが多いのですが、イスラム教徒の挨拶を書くと「アッサラーム・アレイクム」となり、こんな文字になります。アラビア文字は、右から左へ書きます。普通我々が横書きにする時は左から右なので、反対ですね。まあ3つだけ挙げましたけれども、インドの主要言語は、ほとんどが固有の文字を持っています。

こういうサイレント時代を経て、1931年にはトーキーになります。これも、やはりボンベイで初めてのトーキー映画が完成します。トーキーになって、インド映画は2つの大きな特徴を持つことになります。1つは、言語別の映画製作です。こんな風にたくさんの言語があるので、それまでボンベイとカルカッタとマドラスで作られていたのが、自分たちの言語で、それぞれの土地で作るようになったため、映画の製作地が増えていきます。
現在の言語別製作の実態を見ていただくと、レジュメの「インド映画の特徴」の「(2)産業形態の特徴」というところで、「年間の製作本数が世界一~2008年は1321本」と書いてありますね。この数は日本の約3倍、ハリウッドの2倍以上です。こんなにたくさんの本数が作られているというのも、言語別に映画が製作されているためです。ご覧のように言語の中には200本とか、100本以上作っている言語も多いことから、全体の製作本数が多くなるわけです。昨年の製作本数第1位はテルグ語の映画で、テルグ語はタミル・ナードゥ州の北、アーンドラ・プラデーシュ州の言語です。続いて、ヒンディー語、タミル語、カンナダ語、マラーティー語となっています。カンナダ語は、南西インドにあるカルナータカ州の言語で、マラーティー語はマハーラーシュトラ州の言語ですね。1931年以降はそういういろんな言語で、しかも各地でそれぞれに映画が作られるようになっていきます。
それからもう一つ、トーキー化により、インド映画は「ミュージカル」になります。『ムトゥ 踊るマハラジャ』がブームになった時に、歌って踊ってというインド映画の断片を目になさった方もおありかも知れませんが、インド映画には必ずと言っていいほど歌と踊りのシーンが入ります。なぜそうなったのかというと、インドは伝統演劇が非常に盛んなのですが、映画という西洋のテクノロジーがやってきた時に、伝統演劇を映画の中に取り込むという形でインド映画が始まったためです。日本もそうで、日本映画の最初は、日本舞踊や歌舞伎を写したり、あるいは歌舞伎の演目を映画化したりして始まっていったのです。