2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第3回 松岡先生 5月13日 7/9
ムンバイ:"ボリウッド"から世界に発信する大衆文化の都
こうして各地でいろんな事件が起きるんですが、特にボンベイでは爆破事件とか、大規模な暴動が起きてしまいます。当時の国営テレビは、詳しく報道してかえって対立を煽ってはいけないというので、報道を極力抑えました。その頃1991年に香港で始まったスターTVという衛星放送があって、それにニュース局のBBCが入っていたんですが、BBCは、どこそこで暴動が起きた、何人が死んだ、というようなニュースをガンガン流したんですね。
インドは赤道に近いので、ディッシュと呼ばれるアンテナがあれば、衛星放送がどこでも受信できます。スターTVの放送が始まった頃から徐々に受信が始まり、この事件当時も少数ですが受信している人がいて、国営放送と比べるとどうもBBCの方が本当のことを言っているようだ、ということになり、以後スターTVの受信が一挙に増えていきます。スターTV側もそれに対応してヒンディー語の放送を始め、その後各地に雨後の竹の子のように衛星放送のテレビ局ができていきます。今では、100チャンネルぐらいあるでしょうか。
普通テレビが発達すると映画は落ち込むんですが、あまりにテレビ局が増えたのでコンテンツが不足する。で、何をコンテンツにするか、となると、人気がある映画を、ということになり、映画の放映、あるいは映画の中の歌と踊りのシーンをミュージッククリップのように流すことが流行して、テレビ局が映画のコンテンツを次々と買い始めます。それで映画は落ち込まずに、テレビ局と共存共栄という形になって今日に至っています。

ボンベイでは、その後右翼の力が強くなり、1995年の選挙では右翼政党BJP(インド人民党)とシヴ・セーナー(シヴァ神の軍隊)が州選挙で勝利します。そして、ボンベイという名前をムンバイに変えたほか、いろんな西洋風の名前を次々と変更していきます。そういう状態の中、映画はボリウッドを中心にますます隆盛化している、というのが現状です。
ボリウッドに次ぐ映画製作中心地としてはチェンナイがあり、ここは「コリウッド」と呼ばれたりします。これは、チェンナイにコーダム・バーッカムという映画の撮影所がいっぱいある地域があるためで、そこからコリウッドと呼ばれるようになりました。それから、コンピューター産業が盛んなハイテクシティであるハイデラーバードとベンガルール(旧名バンガロール)、そして南インドの西南端にあるティルヴァンナンタプラム(旧名トリヴァンドラム)、あとコルカタ、この6つの都市が映画製作の中心地となっています。

さっき言ったように、テレビ業界も映画に頼っていますが、音楽業界もまたしかりです。インド映画の歌はすべて専門の歌手による吹き替えですが、映画の歌がそのまま歌謡曲、ヒット曲になります。映画と関係ない音楽、たとえばインドポップスもヒットしたりしますが、CDの売り上げ枚数は映画のCDの10分の1、100分の1程度にしかなりません。ですので、音楽業界も映画が制覇していると言えます。また、映画雑誌の数も多く、出版業界もかなり映画に依存しているという、インドは映画を中心に大衆文化が回っている国と言えます。
ただ、映画と言っても、ハリウッド映画はほとんど人気がありません。過去に『ジュラシック・パーク』がヒンディー語に吹き替えられてヒットしたという例はありますが、その他は『タイタニック』とか『スパイーダーマン』とかがある程度ヒットしただけです。日本や他のアジア諸国のように、ハリウッド映画と自国映画が興行収入面で拮抗(きっこう)している、あるいはハリウッド映画の独り勝ち、という状況とは違い、興行収入の9割ぐらいをインド映画が占める状態が続いています。
最近はインドでもシネマ・コンプレックスが増えてきました。1つの映画館に1つのスクリーンではなくて、5つも6つもスクリーンのある映画館をシネマ・コンプレックス、略称シネコンと言いますが、それが増えてきたので、ハリウッド映画の上映も増えつつあります。それでもとにかく、インドの観客はインド映画、自分たちの国の映画が大好きです。