2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第4回 松岡先生 5月20日 6/9
シンガポール:アジア諸国を後背地に持つ他民族・他文化都市
その頃に、シンガポールの若手映画人たちが、やはり自分たちの今の状況を映画にしたいと思い始め、映画製作の気運が高まります。そのきっかけの一つになったのが、1988年から始まったシンガポール国際映画祭です。商業映画はいっぱい入ってくるんだけれども、商業映画とは違う、商業的なルートには乗らない優れた作品を見たい、ということでこの映画祭が始まるんですが、その直後の1991年に、かつての大手映画製作会社だったキャセイが英語の映画を作って、シンガポールでの映画製作再開に一歩を踏み出します。
1995年には、シンガポールで初のインディペンデント映画『ミーポック・マン(シンガポール・ヌードル)』が製作され、若い監督たちの時代が始まります。この映画は、シンガポールのホテル王の息子の、エリック・クーという監督が作ったものです。彼は小さい時から、8ミリとかでよく映画を撮っていて、彼の短編映画はなかなかいいセンスだと国際的にも評価されていました。彼の初の長編劇映画がこの作品で、珍しいシンガポールの映画だということでも注目を浴びます。
この映画は、シンガポールの小さな食堂でヌードルを作っている内気な青年が主人公で、あまり明るいお話ではないんですけれども、シンガポールの若者たちの心情や悩みなどが如実に出てきます。シンガポールという所は、単に観光とショッピングの町だけではなく、あるいは経済・金融センターとしてどんどん発展しているだけの町でもない。みんなそれぞれに深い孤独と苦悩を抱えている、そういう我々と同じような人が住んでいる町なんだということが、この映画を見るとよく伝わってきます。この作品以降、シンガポール映画はだんだんと盛んになっていきます。

1998年の作品『お金が不足』は、原題を「Money No Enough」というんですが、英語がおできになる方は変な英語だなと思われるんじゃないでしょうか。ところがシンガポールでは、これが通じてしまう。シンガポールの英語はよく、シングリッシュと呼ばれます。シンガポール・イングリッシュというわけですが、非常に特徴があります。1つにはアクセントが、イギリス英語やアメリカ英語と全然違うんですね。私も真似できないんですが、非常にフラットな、クセのあるアクセントなんです。それからもう1つは、「Money No Enough」のように、英語の文法を無視して簡略化してしまう。さらにもう1つ、文章の最後に「la」とか「a」とかをよく付ける。「It's too hot la.」とか、「You don't know a.」とか、こういう感じで「la」や「a」を付けます。これは実は中国語の影響で、中国語もこういう接尾語というか、語尾にいろいろ付けてニュアンスを表すものがいっぱいあるんですけれど、その影響で英語にも付けてしまう。こういう特徴があるのがシンガポール・イングリッシュ、シングリッシュなんですね。
『お金が不足』の原題は、まさにそのシングリッシュの、しかもあまり教養のない人のシングリッシュだと分かるタイトルなんですが、これが大ヒットします。なぜヒットしたかというと、今のシンガポールは窮屈な社会だ、という風刺をコメディータッチで描いたからなんですね。例えば主人公は華人で、華語はしゃべれるけれども英語が全然ダメ。会社を首になって別の会社の就職活動にいくと、「今は英語ができないとダメだ」と言われてしまう。主人公は英語がしゃべれないので中国語で通したら、もうそれだけであんたは採用ムリ、ということになる。シンガポールは華人が多い社会なのに、何で英語ができないと社会の中で出世していけないんだ、と主人公は不満をぶつけるわけですね。