2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第9回 宮脇先生 6月24日 9/9
遊牧民と農耕民が交わる首都:北京

絵葉書『北京老景』から。

最後の一枚は、張家口からやってきたモンゴルの隊商です。北京市街から万里の長城の八達嶺に日帰り観光できる話をしましたが、その倍行くだけで張家口に着きます。張家口は、今は河北省ですけど20世紀初めはモンゴルでした。初めにお話しした司馬台を越えて東北に倍行くと、清朝の離宮があった承徳(しょうとく)に着きます。ここは温泉が出るので熱河(ねつか)ともいいました。清朝は、北京を冬の都、承徳を夏を過ごす山上の避暑地にしたので、モンゴルの上都と大都の関係によく似ています。承徳には立派な宮殿やチベット仏教の寺が造られ、モンゴル人とチベット人とイスラム教徒とイギリス使節は、ここで謁見しました。チベット人やモンゴル人は万里の長城の南に来ると、すぐ天然痘にかかっちゃうんです。モンゴル帝国の夏の都の上都はもっと北ですが、清朝は満洲の狩猟民出身だったので、割合近いところに避暑地を置いた、ということで、北京の話をこれでおしまいにいたします。

P1,2 撮影:宮脇淳子
P5 出典:岡田英弘『中国文明の歴史』講談社学術新書、2004年
P6上 出典:陳高華・佐竹靖彦訳『元の大都 マルコ・ポーロ時代の北京』中公新書、1984年
P6下 出典:『清朝とは何か』(岡田英弘監修)別冊『環』16、藤原書店、2009年
P7上 出典:『清朝とは何か』(岡田英弘監修)別冊『環』16、藤原書店、2009年
P7右 撮影:宮脇淳子
P8上右,左上 撮影:宮脇淳子 
P8下 絵葉書『北京老景』から。
P9 同上