2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第11回 土佐先生 7月8日 1/10
純粋都市への欲望と挫折:ソウル
私が初めてソウルに行きましたのは、今から25年くらい前のことです。その間に非常に大きな変化を個人的にも感じてまいりました。ソウルがここまでになった原動力といいますか、どういった経緯が今日のソウルを実現させたかというようなことをお話してみたいと思います。そのためには私が体験したソウルだけではなくて、過去100年、200年くらい歴史を辿ってみることが、変化を知るのに非常に大切なことだと思いますので、それについても多少はお話をさせていただきたいと思います。
今までいろいろなアジアの都市のお話が出たと思いますけれども、いずれも過去100年の間に非常に大きな変容を遂げた都市ばかりではなかったでしょうか。19世紀まで地球上に100万を超える都市というのはほとんど無かったわけですよね。ところが今では1,000万を超える大都市がごろごろある。一体これはどういうことかということが全体を貫く大きな問題ですが、ソウルも例外ではなく、過去100年の間にとても急激な成長を遂げてまいりました。
ソウルの場合は一都市ということに留まらず、韓国で非常に特別なオーラを持った都市だといえます。私はこれまで韓国に3年以上滞在した計算になりますが、ソウルの滞在というのは実はそれほど長くなくて、あわせて半年くらいにしかならないと思います。一時期にずっと暮らしていたのではなく、この25年くらいの間にとびとびにソウルに何度も訪れるという付き合い方をしてきたものですから、むしろそこがどういうふうに変化したかということを、結果としてはうまく見ることができたのではないかと思っています。

「漢江(ハンガン)の奇跡」という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、ソウルの風景で一番象徴的なものは何かというと、その一つが漢江です。それが全体の地理にとってどういう意味をもつかというのは、また後ほどお話いたしますけれども、この漢江という川の名前を覚えておいていただけるでしょうか。町の中心を東西に貫いて流れる美しい川です。パリがセーヌで右岸と左岸に分かれているように、ソウルの町は漢江によって南と北に分かれます。これがソウルという都市の概念を理解するのに重要な一つの軸になっています。
今だいたい1,000万人ちょっとがソウルに暮らしていますけれども、ソウルを取り巻く京畿道という、東京都にあたる行政区画にだいたい2,000万人くらい暮らしています。韓国全体が今4,900万人くらいですから、4割強が首都圏にいるわけです。日本の首都圏にだいたい3000万人くらいいますから、日本の場合は全体の4分の1です。それをはるかに上回る集中度があるということです。こういう吸引力は歴史的にずっとそうで、日本の江戸時代にあたる朝鮮朝という時代から、「人はソウルに、馬は済州島に」といういい方がよくなされました。才能のある人はソウルに行ってこそそれを生かせる。また、放牧場が済州島にあったものですから、馬は済州島に集めたほうがいいという、そういういい方がよくなされて、前近代から既にそういうプロセスは始まっていたんですけれども、解放後そのプロセスが加速化することによって、韓国の経済発展は急速に成し遂げられたわけです。しかし、今それがピークにきている。ピークを越えてしまった。このあとどうなるかというのが、今ソウルが直面している大きな歴史的状況だと思います。