2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第11回 土佐先生 7月8日 7/10
純粋都市への欲望と挫折:ソウル
台湾では台湾総督府の建物がまだ残っていますし、使われていますけれども、韓国のほうはこうして壊しちゃった。だから、韓国のほうが排他的なナショナリズムが強いという印象を持っている人も少なくないと思うんですけれども、実は必ずしもそうではありません。その辺のことを話し出すと長くなるので、今日はやめておきますが。
もう一つは、町の中の一つのランドマークになっている南大門のことです。昔の城門、ソウルの境界でした。その中でもこれは特別な意味を持っており、日帝時代にすでに国宝に指定され、解放後も国宝の第一号に指定されたものです。そのくらい韓国の文化財、文化遺産の中でも特別な位置づけを持つものです。
これは2年くらい前の風景ですけれども、今の韓国の発展を非常に雄弁に物語る景色です。南大門は残っていますけれども、周りが全部変わってしまって、昔の城壁の境界が意味をなしていない風景です。

これを100年くらい遡ります。これが昔の城壁ですね。風景の落差の大きさに驚かされます。日本でも、江戸の風景と今の東京の風景とを比べると、とても同じ町とは思えない。これはやはり西洋の町の発展とはかなり違います。アジアの町の発展を語るときに忘れられないのは、歴史が風景として断絶してしまっているということです。西洋の町というのは、イタリアなんていうのは特にそうですけれども、500年前、600年前の町並みがほとんどそのまま残っている。そういうことはアジアにはほとんどあり得ないですよね。そういうものを根こそぎなくした上で今の風景がある。

これは南大門を外から見た風景です。先ほども申しましたように、門の中というのは王の住む聖なる空間ですから、市場というのはないんですね。商売というのは全部門の外で行われていました。それが今の南大門とか東大門、マーケットが集まっていますけれども、あれは昔の空間でいうと城壁の外なんです。外にそういうマーケットが発展したということです。そういう意味では昔の位置づけというものは今でも引き継がれているんですけれども、風景としては完全に断絶してしまったわけですね。