2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第11回 土佐先生 7月8日 9/10
純粋都市への欲望と挫折:ソウル
江南の風景を象徴する高層アパートについて少しお話しします。これはソウルだけでなく、来週お話するところもそうですし、おそらくアジアの現代都市の一つの特徴的な風景というのは、高層アパートだと思います。東京とアジアの都市というのは、似ているところもいっぱいありますけれども、一番違うことの一つはそれです。東京というのは、幕張とか八王子という場所もありますけれども、まだまだ一軒家が非常に多い。これだけの人口が集中していて、これだけ一軒家が多いというのは、世界的にみても本当に珍しいと思います。限られた土地で一軒家に住めば、一戸あたりの面積が狭くなるのは当然なので、そういう意味ではあまりいいことではないのかもしれません。一方で、アジアの発展を支えているのは高層アパートという形の居住形態です。
100年後、200年後どうなるかと考えたときに、人ごとながら不安になります。立て替え一つにしても簡単じゃない。自分の意志だけでは出来ないですから、一体どうなっちゃうんだろうというのはありますけれども、アジアの多くの都市はそういう住宅政策を選択しました。これは本当に驚くべき数字なんですけれども、2000年の統計でいいますと、韓国で新たに建設された住宅のうち、85%が高層アパートなんですよね。ですから、あれだけ多いのは当然なわけで。見渡す限りの大地がどんどん高層アパートになっていっています。
つまり、アパートに暮らすというのが韓国人にとって一番普遍的なライフスタイルになっているということです。これは昔からそうだったというよりは、歴史的、政治的に作られてきたもので、一番最初に高層アパートが造られたのは1962年だといわれています。当時の朴正煕大統領が近代化の象徴であるとか、生活革命の試金石だというようなレトリックで持ち上げたんです。最初はさすがにあまり人気がなかったといわれます。全体に占める割合も、60年代ではまだ1%にも満たなかった。それが70年代、80年代を通じてソウルの発展とともに高層アパートの人気が出てくる。やっぱりモダンな住空間に憧れていくという、そういう庶民からみての視線がありますし、もう一つはこれもアジアの他の都市でもよくあることですけれども、アパートが投機の対象にもなっていくわけです。
そういう意味でも今はもうピークを過ぎているというか、頭打ちになるんですけれども、今まではずっと右肩上がりの成長を続けていたので、買うと必ず値上がりするわけです。値上がりすると買ったときよりも高い値で売って、自分はもっといいところに住むという、そういうサイクルをずっと繰り返してきました。立て替えなんかでも、自分が費用を負担しなくて、むしろ高層化することで自分は前よりもっと広い部屋に住めるとか、そんな形でずっとやってきたんですね。ですけれども、韓国も日本以上に少子化や高齢化が進んでいますから、いつまでもそのパターンは踏襲できない。それが終わったときにどうなるかというのは、非常におそろしい将来像ですけれども、少なくてもずっと今まではそういう形でやってきたということです。
ですから、中産層にとってアパートに住むというのは当たり前というか、今では一戸建てに住むよりもアパートに住むほうが人気が高いといえます。お値段も高いですし、そこは東京とは価値観が違うところです。そういう区切られた、隣もその隣も、みな同じ空間に住んでいることがお互いに想像できてしまう環境で暮らしている、そういうものが人間の感性とか想像力にどんな影響をあたえていくかというのは、アジアではまだ始まったばかりの実験といえば実験です。これが今のアジアの都市生活を支えている普遍的な基盤です。

たとえば、こういう写真を見てそれがどこの風景かは韓国人でも分からないのではないでしょうか?これはソウルじゃなくて、たまたま大田という、ソウルから高速鉄道で1時間くらいの距離にある風景なんですけれども、今や韓国中がこうだといっても過言ではありません。こういう高層アパートが広がっているのは、ソウルだけではなくて韓国の国土全体がそういう景観になってきているという、そういうことです。