2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第12回 土佐先生 7月15日 6/9
コロニー都市が夢見る理想:香港/シンガポール/ドバイ
メディアも規制されていて、インターネット自体は完璧に普及していますけれど、やはり検閲されています。わいせつなサイトであるとか、あるいはシンガポールに対する政治的批判がのっているようなサイトにはアクセスできないようになっている。このぐらいの規模の都市社会だったからこれだけの管理社会をつくり上げることができたと見ることも可能ですけれども、似たようなことを中国もやっていますからね。あれだけの大きな国家で膨大な人口を抱えていてもそうですから、こうしたやり方はアジアの多くの地域で現に通用しているといえます。
シンガポール社会というのは非常に活力に富んでいて、豊かで綺麗で、という面もありますけれども、それと同時に政治的な不自由であるとか、文化的な抑圧であるとか、そういうものも特徴としてよく取り上げられるところです。しかし、生き残りのイデオロギーを掲げ、シンガポールは非常に特徴のある発展の道を今まで選択してきた、そういう発展の所産が街並みに表れています。
最近話題になっている例として、バイオポリスというものがあります。科学の先端分野に特化した世界中の人材を集めてきて、日本の学者なんかも何人かヘッドハンティングされてここで活躍していますし、テレビでも報道されていますのでご存じかもしれません。東京ドーム2つほどの敷地にバイオポリスとよばれるビルを9棟建てて、そこに400億円近い資金を投入して、国をあげて世界の科学的センターを作ろうとしているわけです。これも日本が真似しようと思ってもなかなか出来ないことですね。非常に大胆な政策決定を、トップの判断だけで全部できるような社会機構を作ってきたので、こういうことも短期で実現できるわけです。これに対して、国民はどう思っているかというと、ほとんどの人は支持している。政治的な意見を自由にいえないということはありますけれども、基本的には過去数十年の間に国民生活が飛躍的に向上したことは確かなんですよね。それが政府による管理によって出来たとしても、結果として自分たちの生活が豊かになればいいんじゃないかと考えている人が多いと思います。
アパートの例でいいますと、シンガポール人のうち9割くらいは高層アパートに住んでいるといわれています。政府が強制的に給料のうちの何%かを住宅公庫みたいなところに貯蓄させるわけです。そして、そのお金を運用して政府が高層アパートをどんどん建てて、そして住民に安いお金で入居させるというか、購買させる。持ち家率も日本よりはるかに高いといわれています。この政策のおかげで、圧倒的多数の住民は快適な住空間を手に入れることができた。その点で、東京の住宅政策というのは残念ながら成功したといえないわけです。土地の私有という考え方、自分だけの土地を持ちたいという意思を尊重するのも大切ですけれども、その結果として一人あたりどんな住空間に住むようになったかというと、東京全体が豊かになったのに比べれば、大多数の個人の住空間というのはそんなに向上していないわけです。ですから、ある種の強引なやり方をとりながら、結局は個人の生活を豊かにするという方法もあるわけで、「自由社会」とどっちがいいかというのは実はそんなに簡単な話ではありません。
しかしそれでも、先ほども触れましたように、中産層のある部分ではそんなシンガポールが息苦しい。自由じゃないと感じる。そういう人達は国外に脱出するわけです。その数はシンガポール政府が秘密にしているので、正確なところはわかりません。ただ、よく移民する対象の国がありますよね。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどです。そっち側からの統計から考えると、だいたい毎年8,000人とか10,000人くらいの規模で外に出ていっているらしい。そういう人達は、シンガポールの生活は豊かかもしれないけれども、もっと外の空気が吸いたいと、シンガポールを捨てていく。だから国父であるリー・クアンユーは嘆き悲しんだわけです。ですけれども、他方で今は外から優秀な人材がどんどん移動してきます。優秀な人材だけでなく、移民にランクを付け多様な人材を受け入れています。家政婦はフィリピンから、建設現場の労働者はインドからという形で、そういう人達には限定付の滞在許可を与えています。そして、そういう移民を活用して自分たちの豊かな暮らしを実現しているわけです。