2009年度 世田谷市民大学 連続講義


「現代アジア都市の肖像」

第12回 土佐先生 7月15日 9/9
コロニー都市が夢見る理想:香港/シンガポール/ドバイ
これは、この2つの都市に長い間住んでいた著者ならではの言葉ですけが、私も全く同じ印象を持ちます。さらに、 「二都の建物や景観は「欧米近代」と「伝統アジア」が雑居しているが、これは住民の日常生活もそうである。住民の食生活は、朝食は郊外の高層公共住宅の一角にある気さくなホーカーセンター〔屋台が集まった場所〕で買った簡単なアジア料理で済ませ、昼食にはマクドナルドなどのファストフードか、街中のホーカーセンターから持ち帰った焼きそばなどを食べ、休日の夜食は家族や友人同士で一つの大きな丸テーブルを囲んで中華料理を楽しむのが一般的パターンである。自宅でくつろぐときは、アメリカ映画やドラマをみることもあるが、普段は香港製広東語映画やテレビドラマの大ファンといった具合である。二都の住民生活は、欧米文化とアジア文化の二つをそれぞれ使い分けながら楽しんでいるわけで、欧米的なものとアジア的なものの共存・融合は、現代アジアの他の都市でもみることができるが、二都ほどには大規模でもないし、自然でもない」。
こういう記述がありますけれども、このパターンは二都が特徴的ということです。しかし、今日の例でいいますと、ドバイはすでに完全にこのパターンを実現していますし、先週お話したソウルもそうですし、それ以外にもアジアで発展を遂げている多くの都市にはこういう共通点がみられると思います。ある種の無国籍的な規格品ではありますけれども、豊かな生活空間をアジアの多くの都市は実現した。ナショナリズムを追求する都市も、移民都市も、皮肉なことに同じような結果を見ることになりました。さて、これからどうなるかという話です。

これからの話をするときに、リチャード・フロリダというアメリカ人が書いた『クリエイティブ・クラスの世紀』(ダイヤモンド社、2007)という本がヒントになります。今までの産業化とか工業化いうのは、ある種の規格品を作り出すような効率性ですとか、そういうものが尊重されてきましたけれども、社会がこれ以上成長していくには、規格品を大量生産すればいいという時代はもう終わった。クリエイティビティから考えていく必要があるという話です。もう既にアメリカでは、クリエイティブ・クラスといわれる人達が全人口の30%くらいになるそうです。クリエイティビティというのは特別なものでなく、誰でも人が生きていくときに持っている、使っている才能です。特に現代社会では建築家、美術専門家、エンジニアや科学者から、芸術家、作家、上級管理職、アナリストから医師、金融、法律の専門家など、いろいろな分野でいろいろな形のクリエイティビティが今の仕事を支えているわけです。こういうものが、これから都市が成長していくために重要なんだと。
その内容は、3つの「T」が重要になっていくといいます。3つのTというのは、Technology、Talent、Tolerance(寛容性)。この3つのTによって指数化して世界の国をみていくと、このクリエイティビティ指数が高いのは、1位がスウェーデン、2位が日本、3位フィンランド、4位アメリカ、5位スイスという順だそうです。日本は本当にそうかなという気がいたしますけれども、ここで重要なのは、同じ本の中でいっているんですけれども、クリエイティブな才能の獲得を国同士が競っているかのようにみえるけれども、実はクリエイティブな人々が選んでいるのは都市であるということです。このクリエイティビティを考えていくのに、国家ではなくて都市というものが非常に大きなキータームになっていくということです。
アジアの都市を考えるときにも、こういう視点が大きな意味を担ってくる時代になりつつあります。前回のソウルもそうですけれども、これまでは規格品を作りだすことに力を注いでいたんですけれども、最近では韓流といわれるブームを通じ、映画、音楽、ドラマなどが海外に輸出されるようになりました。今回の3都市の中では香港が文化的な発信地域にもなっているという点でもっとも先んじています。
これは香港の写真ですけれど、高層ビルが密集している中にこういう人間的な空間がポッと生まれてくる。映画という特別な例だけでなく、香港の日常的空間にはそういうクリエイティブな部分が感じられる町になりつつあると思いますけれども、ドバイやシンガポールもやがてはそういうふうになっていくのではないでしょうか。