2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第9回 福田先生 6月16日 1/7
中国の家族 改革開放がもたらした家族の変容
私は、中国と台湾の関係、特に政治・国際関係を自分の専門としていまして、家族や社会に関しては、なかなか専門的にお話しする機会が少ないです。ですが、台湾や中国に滞在して研究活動をすることもございますし、大学では中国から来た留学生に接する機会もございまして、中国・台湾の家族や親子関係というのはおもしろいなと思うことがあります。自分のそういった関心に答えるという意味でも、現代中国の家族、それから家族を通じた個人と社会、国家の関係というのはいったいどのような問題を抱えていて、政府としてはどういう取り組みがなされているのかという観点から、今日はお話したいと思いますので、よろしくお願いいたします。

中国都市家族の歴史
今日は中国の家族、特に改革開放がもたらした家族の変容ということで、都市部に注目したお話をしたいと思っています。これはゆっくりご説明する時間がないかと思いますが、中国の社会構造は都市と農村ではっきり分かれていまして、いまだに農村出身者が都市に戸籍を持つということは非常に難しいという事情があります。また、それに伴いまして、社会福祉の制度や仕組みも都市と農村では完全に違う仕組み、政府の政策が存在します。そもそも都市の家族というのはどういった歴史をたどってきたのかということを、ここでまず簡単に説明したいと思います。これは家族だけではなくて、中国の社会学や政治学の分野でもそうですが、一般的にはこの3つの時期―①中華人民共和国ができる前の時期、②いわゆる毛沢東(もうたくとう)時代、そして③改革開放が始まってからの30年余りの時期に分けて考えるのが、妥当かと思います。

まず、中華人民共和国建国前の特徴としては、封建的な社会であったというふうにいわれています。ただし、日本の封建社会の家族については「イエ」モデルという非常に有名なモデルがありますが、中国やはり広うございまして、建国前の時期といっても一括りにはできません。封建社会における家族はどうだったのか、家族と社会の関係はどうだったのか、というようなことを一般化するようなモデルは存在しないのが現状です。
一般的には父権的な大家族制度、「宗族(そうぞく)」といって、父親の一族を尊重した大家族が存在したと言われます。3、4代の家族が広い屋敷に住んで、おじいちゃんが生きていればおじいちゃん、おじいちゃんが亡くなればその息子というふうに、父親が強い権限を持っていたそうです。それから、大家族が助け合って過ごしていくという伝統的な家族観も存在していたそうです。具合が悪くなった両親の面倒を子供が見る、逆におじいちゃんやおばあちゃんが孫の面倒を見るのは当然のことだというような家族観が存在していたといわれます。
そして、中華人民共和国が1949年に建国されるわけですが、この中華人民共和国を建国したのは共産党政権です。中国共産党政権が建国時期に掲げたのは、とにかく封建社会というものを革命によって変えるのだ、ということです。封建社会の打倒ということを掲げる政権でしたので、当然、家族や社会に関しても封建社会とは決別しなければいけない。そして、社会主義国家を建設するのだということで、新しい家族の形、社会の形というのを作ろうとした時代だったといえます。
その時代が終わって、鄧小平の時代に改革開放が始まりますと、中国では一応社会主義国家という建前を維持しながらも、市場経済が導入されるわけです。経済活動のかたちが変わりますと、社会は当然変化してきます。建国初期に作られた単位制度、家族を単位化して人々を政治的に動員する手法は、現在でも存在しますが、実質的な役割や拘束力がかなり弱まっているといえます。