2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第9回 福田先生 6月16日 3/7
中国の家族 改革開放がもたらした家族の変容
まずは、旧家族の場面ですね。この主人公のお父さんがばくちで財産を失ってしまうところから、5分間ぐらいご覧ください。

<映画開始>

これが建国前の時期の家族の様子です。こういう広いお屋敷に住んで、自分の親の世代ともいっしょに住んでいるという様子です。次に、建国初期、1950年代後半の家族の様子を見ていただきたいと思います。この1950年代後半には大躍進政策というものが始まりまして、単位を政治的に動員するために、家族と社会の一体化が最も進んだ時期です。例えば共同食堂というような、各家庭でご飯を食べるのではなくて、共同食堂に行けば好きなだけ食べられるような仕組みもできました。そういった時期の家族の様子を、これから見てみたいと思います。

<映画開始>

一応、家族には家が与えられているのですが、この時代は単位の人、特に幹部の人なんかが勝手に家に出入りして、何かおかしなところがないか、いろいろ様子をうかがっていました。社会と家族の境界が、かなり低くなっていた時代だったといえます。

改革開放と「単位制」の変容
このような家族の姿がどのように変化してきたのかというお話をしたいと思います。改革開放が1978年に始まりましたが、それでも完全に国有企業がなくなったわけではありませんでした。そのときになされたことは、こういった国有企業の基礎である単位のさまざまな役割の中から、今お話ししたこの社会的な機能、生活に密接にかかわる部分というのを切り離していこうということでした。国有企業ではもうそこまで面倒を見ない、ということです。人の移動が比較的容易になったことによって、国有企業と結び付いた単位で人々の生活を管理するというのが現実的でなくなったという側面もあったようです。
単位制の改革と改革開放自体から出てきた問題というのは密接にかかわり合うことになりました。例えば、貧富の差、少子高齢化、それから農村から都市への出稼ぎ労働者流入などです。緩くなった単位制は、このような問題をなかなか上手く管理できませんでした。そういった問題への対処を、単位は居民委員会へ委譲しようとしました。ですが、それまで単位と一体化していた居民委員会が、いきなり独立して、管理をしなさいといわれても難しかったわけです。つまり、単純化を恐れずに言えば、市場経済がもたらされたこと、それにもかかわらず、本来単位担ってきた社会保障制度が未整備なことによって、社会的弱者が出てくるような構造ができてしまったといえます。その結果、様々な問題を抱えた家族が出てくるようになってしまいました。