2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第9回 福田先生 6月16日 6/7
中国の家族 改革開放がもたらした家族の変容
「社区」建設の実態
「社区」が始まったのは1980年代でした。改革開放が始まって間もないときに、一部の地域からこのような動きが起きてきたと言われています。住宅を買えるようになり、自分たちが新しく移り住んだところで、様々なサービスを享受できるようにしようという動きがあったようです。これに目を付けた国家の政策として、積極的にあらゆる都市でこの社区というものを作っていこうという方針になったのは2000年からです。わりと最近ですね。この「社区」は、今日の中国では大きな注目を集めている制度です。
2000年に、中国共産党と国務院は、「全国で都市社区を推進することに関する民生部の意見」というものを出しました。これは「意見」とされていますが、党中央と国務院の名前で「意見」が出るということは、即ち決定事項なのです。2000年からメディアでは、比較的早い時期からの、模範的な社区活動が紹介されて、「社区というものはいいものです。やってください」というような宣伝がなされました。
「社区」というのは、英語の「コミュニティ」の訳だそうです。要するに地域社会ということです。その一定の地域に住む人たちが、生活共同体としてお互いに協力し合うというようなことですが、ここが中国の特徴でして、中国の場合はこういった下からの動きもありますけれども、あくまでもこういった共同体を作る、集会をする、様々な活動をするというのは、すべていまだに党中央が管理しなければならず、政府が枠組みを決定します。「ここに社区を作ってください」といったことを決定し、その中で人々の自発性というものを尊重し、「できればみなさんがんばってください」というような枠組みです。「社区」建設には、基層、つまりは社会の要請として発展してきた部分と、単位や居民委員会で対応できない部分を手厚くしたいという政府の意向、両方の力学が働いているものだというふうに理解すべきかと思います。

高齢者対策にみられる「社区」の役割
北京市は政治の中心ということもあり、「社区」建設が進んでいる、模範的な都市だというふうにいわれています。政治の中心地であることから、「社区」を建設するにあたっても、多くの資金が提供されたのだろうといわれています。この社区の役割というのは、社会福祉全般、文化的な活動など様々なものがあります。小さなものであれば、毎朝公園で太極拳をするとか、そういう活動からもう少し高度な、今からご紹介する高齢者への対応まで、様々なレベルがあります。