2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第10回 福田先生 6月23日 2/8
台湾の家族 「外籍新娘」や「大陸新娘」がつくる新たな家族
第二の段階は、戦後に国民党が台湾に入ってきた時代です。この国民党と一緒に台湾にわたってきた人たちを台湾では外省人と呼びまして、それ以前に台湾にいた人たちと区別をしております。この外省人のなかにも福建省あたりから来た人たちもかなり多かったということがわかっていますので、民族的、言語的、文化的なルーツは近いですけれども、歴史的な背景でここを区別していまして、近年の台湾では「四大族群」―4つのエスニック集団と区別されてきました。ホーロー人、客家、それから原住民、これらはいわゆる本省人と呼ばれる人々です。それにあとから入ってきた外省人を加えて、4つのエスニック集団と呼んできました。
4つのエスニック集団から成る台湾、という認識が定着しつつありましたが、最近しきりといわれるようになったのが「新移民」の流入です。これが台湾の移民の第三段階だと位置付けられています。「新移民」の多くが婚姻によって台湾に入ってくるお嫁さんたちです。ひとつの集団は外国人の花嫁さんたちで、東南アジアから来た人たちが多いです。それからもうひとつが、今日の中心的なテーマであります、大陸から来た中国籍の花嫁さんたちです。当然、新移民の中には来た人たちだけではなくて、その子どもも含まれています。

外籍新娘/大陸新娘をめぐる政治的背景
なぜ外からお嫁さんが入ってくることになっているのかは、社会的背景と政治的背景とがあると思います。まずは政治的な背景から見ていくと、大きな転換点となりますのが、1987年に台湾において戒厳令が解除されたことです。戒厳令というのは、中国大陸との戦争状態に対する戒厳です。台湾は一方的に戦争状態を終了し、言論や集会などの自由を認め、野党の存在を認めるような形で国民党が上から民主化していったわけです。これと移民流入との関係をみてみますと、戒厳令下では外資の導入や国内への投資というものが制限されていましたが、これが撤廃されたわけです。このころは台湾の経済が急速に発展していた時期でして、東南アジアへの投資が急増したということがございます。
それから、もうひとつは中国との関係をみてみますと、戒厳令を解除したことによって中国との文化交流、経済交流を行うことが可能となりました。中国から台湾への移動は厳しく規制されていましたが、台湾から中国にいる親族を訪問する、観光を行う、投資をすることに関しては急速に緩和されました。こちらの図を見ていただくと―左側は東南アジアに対する政策、右側は中国に対する政策ですけれども、1987年の戒厳令解除以来、台湾の歴代政権の課題となっているのは、この東南アジアとの経済関係と中国との経済関係をどうやってバランスしていくかということです。つまり、過度に中国の経済に依存してしまうと、中国側は統一したいと思っているので飲み込まれてしまうという危機感が常にありまして、それとバランスを取る形で、自分たちの独立性を保てる東南アジアとの関係を深めていこうということを同時にやってまいりました。
台湾の独立性を保つというという意味では、中国と東南アジアに対する政策はバランスさせなければいけませんが、双方の結果として、東南アジアと中国両方からのお嫁さんの流入は共に増加しました。台湾から多くのビジネスマンが東南アジアや中国に行き、出張または駐在先でお嫁さんを見つけるようになりました。それで、自分の地元にお嫁さんを連れていって、今度はそのお嫁さんが自分の知人を紹介して、台湾の男性と自分の故郷の知人をお見合いさせるというパターンが、90年代から増加しました。