2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第1回 梶原先生 4月14日 4/10
家族のアジア
例えば、家屋敷を誰が継ぐかというときに、従来、日本は長男が継いで、次男、三男は外に出ていくということが多かったという事実があります。タイ社会では、伝統的には、家屋敷の相続については一番下の人が継いでゆきました。タイの場合は、嫁入りよりは婿入りのほうが多いわけです。つまり、娘さんがいると、そこに外から、これは別に養子にはならないのですが、男の人が外から来て結婚して、女性の家に住みます。ですから、末娘が家屋敷を相続して、そこにお婿さんが来て、その家を守っていくというやり方の社会もあります。
これを見ていますと、義父母と義理の息子の問題が全然ないわけではないですが、嫁姑の問題を見事に回避できるわけです。日本人からみるとこうしたやり方は非常に頭がいいなと思って、感心したのです。そこに入ってきたお婿さんに聞くと、いや、なかなか大変だという人もいましたが、ただ、相対的に、嫁姑関係よりははるかに楽なのです。こういうことをどうして思いつくのか分かりませんが非常に合理的で、一番下の娘がいるわけですから、両親が年をとった場合に面倒を見ることも割とスムーズにできますし、そういう意味でも賢いやり方だなと思ったことがあります。

さて、朝鮮半島の相続と継承についてはよく分からないのですが、北朝鮮の政治のトップがどういう相続を、あるいは継承をするかというのは大変興味深い問題です。どこかに朝鮮の家族の継承とキム一家のそれがつながっているのでしょうか。それとも王族のように一般人と違った方式を採るのでしょうか。
家族について考えてゆくと、それに関係する用語や概念にはさまざまなものがあります。結婚や婚姻もそうですが、それに関連して浮気とか、愛人、かつての「妾」と、いわゆる「正統」でない夫人、差別用語となりましたが、そうした用語や存在も家族と大きく関係しています。
家族をモデルというか、定型的な、社会的な形として一回認知をしてしまいますと、そこに当てはまらないものが出てきます。モデル家族としては何かが欠けているとか、損なわれているという考えが出てきます。かつては家族社会学でしょっちゅう使われた言葉である欠損家族という表現がありました。最近はやはり、さすがにこういう言葉は使わなくなりましたが、まだどこかで残っています。しかし、そうしたかたちもふくめて実は家族の拡がりがあるという多様性の認識が必要でしょう。
ドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)も家族をめぐる一つの現代的な問題として重大になりました。

今までお話ししたのは、家族というのは機能的にどのような単位として意味を持つのか、、それから、家族といったときに連想されるような話題、まだまだこれはほんの一部ですが、に触れてきました。さらにいえば、おふくろの味というものをわたしは信じておりませんが、それぞれの家族が持っている、特徴のある味付けとか、食習慣なども、家族に関連する話題としてよく語られます。

ここで、家族をもうすこし構造的に考えてみましょう。家族と親族の境目というのは少し微妙なのですが、大きく分けて、先ほどの相続とか、継承もそうですし、家族が変化していく、次の世代に行くときに主にかかわるのですが、どういう系譜で家族というものが発展していくか、続いていくかということを考えますと、大きく分けて3つの方式があります。