2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第1回 梶原先生 4月14日 5/10
家族のアジア
一つは、ご存じのように父系家族というシステムです。父系によって世代が継承されていく。この反対に、当然、母系家族というシステムがあります。象徴的な表現として、あそこの家族は奥方が強いから母系家族だという言い方もありますが、もう少し構造的に、実際に女性から女性へと相続、継承が進んでいく社会というのもあります。そのいずれでもない、双系社会と呼ばれる体系があります。日本社会の場合、主に男性から男性へ、つまり父親からその長男へという相続、継承がかつては圧倒的に多かったため、父系社会と思いがちです。ただ、実は構造的にはそうではなくて、日本社会は双系なのです。絶対に、男から男でなくてはいけないかというと、そうではないわけです。女性のほうに行く場合もなくはありません。例えば、池坊のお家元の場合、今のお家元の専永先生から、次はお嬢様のようです。国士舘大学21世紀アジア学部のお花は池坊流で、年に1回、お姫さまが来てくださるのですが、そのお方が父から娘へとお家元のお立場を継承なさるわけです。これは一例ですが、日本社会はあくまでも双系でありますが、また、限りなく父系に近い社会であります。

ところが、例えば、インドの、少し左側の南に寄ったほうに、ある社会があるのですが、そこの社会では母から娘へと財産が引き継がれてゆきます。また、フィリピンの山岳地帯に住んでいる人たちのある部族も、女性から女性へと財産が継がれてゆきます。なんとなくぴんと来ないのです。男から男へというと分かりやすい気がします。つまり、そうした母系社会でも、実際に農業、農耕をしている場合に、中心的な労働力は男性であり(実際には女性もすごく働いているわけですが)、決定権も握っているように見えてしまいます。日本社会に育っているからそういうイメージに染められているのかもしれませんが、女性が財産を継ぐというのはなんとなく不思議と思われるかもしれません。母系社会でも財産を運用したり、労働の中心になるのは、男性でも構わないわけです。あくまでも、先ほどの言い方でいえば、法的に社会の構造として、母系が保たれているのが、母系社会であります。
アジアから離れますが、母系社会として非常に有名なのは、メラネシアのトロブリアンド諸島です。どうしてこの諸島が有名になったかというと、現代社会人類学の基礎となった、長期間のフィールドワークを通して異文化社会を理解することのパイオニアになった人が研究を行った現場であったからです。その、B・マリノフスキーが研究した社会がたまたま母系社会だったので、母系社会の代表例としてトロブリアンドの社会がよく例に出されることになった事情があります。
学的研究の分水嶺には多くの場合、偶然がありまして、マリノフスキーという人は生まれがポーランドで、ロンドンで勉強をして、当時、オーストラリアに住んでアボリジニと呼ばれる人たちの研究をしておりました。第1次大戦が始まって、ポーランドはイギリスの敵性国だったため抑留されるというときに、メラネシアのかなり不便なところにあるトロブリアンドに抑留地を選び、約2年弱、そこにこもって研究をすると同時に抑留されることになったわけです。それが現代イギリス人類学の一つの最初のページになったという不思議な物語があります。
この母系社会では、先ほど少し申し上げた、おじさんとおいの関係が非常に重要になります。つまり、自分の母親の兄弟と自分の関係。つまり、女性から女性へと、財産など、自分の母親の兄や弟も生産に関わり、土地も含めてですが継承される社会でした。その斜めの関係といいますか、おじとおいの関係が、母と娘の関係を補完するような形で、両方が相合わさって働いていくということがあります。ですから、母系社会というのはなにか女性が主導権を握って、女性がすべての力を握るとのイメージがありますが、実際には必ずしもそうではありません。