2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第1回 梶原先生 4月14日 8/10
家族のアジア
その一つの例で、アジアの家族には奇妙なものがあると。ヨーロッパが一妻一夫になっているのに、ナヤールだけではありませんが、一夫多妻であったり、一妻多夫であったりという、近代ヨーロッパが許容しがたいような、あるいはインドの習慣だと、夫が亡くなると、未亡人が火に飛び込むと。サティーとか、スティーと呼ばれる習慣がありますが、これは同じヒンドゥー文化を受け継いでいるから、バリ島でもかつてはあったわけです。オランダ人がバリ島を植民地にしようと思って戦争をしたときに、そのときの記録を読んでいますと、やはり王さまのお妃さまとか、皇太子のお妃さまが火の中に飛び込んで、それも決して恐怖で飛び込むのではない。なにか薬かなにかをやっているのかもしれませんが、嬉々としてというか、法悦的な気持ちで飛び込んでいるということが書かれています。インドの場合は必ずしもそうではないのですが、そういう習慣がかなり長く続けられて、イギリスの植民地時代にこういう非人間的な、非人道的な行為をやめさせるということをやりましたが、なかなかやめなかったとも言われています。アジアの婚姻や、家族は、ヨーロッパの逆さまで、遅れているし、残虐だったり、非道だったりするという意味で、家族が一つのアジア性、アジアの遅れた性格を最もよく表現するものとして扱われていたという背景がありました。ですから、これはアジアではなくて、先ほど言いましたように、アフリカでもよかったわけですが、アジアと家族というのは、近代ヨーロッパを介在させて考えると、当時のヨーロッパ人が持っていた、アジアの遅れたイメージを、最もよく、あるいは奇妙な人間たちがいると、あるいは社会制度も風変わりだということを、エキゾチシズム、今でいえばオリエンタリズムですが、最もよく表している、その一つが、家族であるということになります。
これが、ある時代に逆利用されるようになりました。それはご存じのようにごく最近です。シンガポールのリー・クワンユーが中心になって、「アジア的価値」の議論がなされるようになりました。1960年代からの日本の高度経済成長、引き続きアジア四小龍の発展、その後で、東南アジアではタイとか、マレーシアがかつて考えられないくらいの成長を遂げ、現在の中国、インドの発展を通してアジアは世界経済のひとつの中心となりました。

その中で、経済がこれだけ進んでくれば、例えばシンガポールはもう少し民主主義化をしなければいけないという注文が欧米から寄せられるようになりました。議会制の政治は、もちろんシンガポールはやっていますが、例えば逮捕令状なしに身柄を拘束する、国家保安法はまだ、シンガポール、マレーシアではそのまま続いております。政敵に対して非常に呵責なくやることについては、リー・クワンユーはそれをやったから経済発展をしたと言っています。アメリカの人権外交からの批判がだいぶ強くなったときに、リー・クワンユーは、いや、そうじゃないんだと。世界を全部、同じに見る見方は、近代植民地主義につながったじゃないかと反論しました。アジアには独自の特徴があるんだという主張です。アジアのかなりの国が経済発展を急激に遂げた、その背景には、アジア人の一種の倫理観とか、価値観があるとリー・クワンユーは言っています。その一つは、勤労に対する尊敬であるとか、自己犠牲といいますか、例えば、個人は、もちろん個人がないわけではないけれども、集団に対して、あるいは集団の目標に対して、その達成にまい進すると。こういうことです。ヨーロッパやアメリカに全然ないわけではないですが、アジアにやはり顕著な美徳があるということを、リー・クワンユーは主張しました。
リー・クワンユーの話を聞いていますと、あるいは書いた本もありますので見ますと、その根本に、やはりアジアの家族的な価値観、家族に対する価値観というものが非常に強く影響しているんだと。例えば、年長者の言うことに耳を傾ける。父親や、母親の言いつけをよく守る。小さいときから、また父親も母親も、子どもに対しては教育を受けさせるということでは、非常に苦労をしても実現しようとする。これはいろんなところで、アジアの、例えばアメリカに留学したアジア人がよく勉強をするということは言われています。日曜日でも研究室に行って勉強していると。アメリカ人から見ると、これは違反だと。休むときは休まなければいけない。不公正な貿易をしちゃいけないということになると思うのですが。