2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第1回 梶原先生 4月14日 9/10
家族のアジア
今、申し上げたようなアジア的価値というものを強調したときに、アジアがこれだけ発展したのは、そこにアジアの家族思いということもあるでしょうし、家族の形もあるでしょう。小さいときに父親の仕事を見て学ぶとか、母親がいかに苦労をしているかということを目の当たりにするような機会が、これはアメリカにないわけでも、ヨーロッパにないわけでもないですが、アジアはそうやって育ってきたんだということを、リー・クワンユーが言ったわけです。ですから、かつては、後進、遅れの象徴だったアジアの家族が、それから100年、150年たって、今度は、アジア人の、アジアを代表する一人の政治家――これはリー・クワンユーだけではなくて、マハティールも少しこういうことを言っていますが、アジアの家族というものが今度はアジアの発展の契機をつくった、一つの原動力であるという逆転現象が、100年の時を境にして起こったわけです。ですから、アジアについてはほかにもさまざまなことが言われていますから、家族だけではもちろんありませんが、アジアと家族というのは、ある種の言論といいますか、言説というか、社会的な影響力のあるステートメントがいろんな形で、かつてはそれは社会科学者だったかもしれませんが、リーのような政治家も含めて、非常に大きなインパクトを与える題材、話題になっています。このことは、アジアの家族を考える大前提として、ひとつ興味深いのではないかというふうに思っております。

最後に少しだけ、政治と家族のお話をいたします。王朝と呼ばれるような、さっきはインドのネルー王朝というお話をしましたが、つい1週間ぐらい前、新聞を読んでいましたら、フィリピンではマルコスの人気がまた高まっているという特集記事が出ていました。マルコス大統領が亡命をしてハワイで亡くなって、イメルダ夫人はその後何年かしてフィリピンに帰ってきて、息子さんが知事になったり、下院議員になったりして、今度は上院議員をねらっていると言われています。長女のアイミーは市長をやったり、下院議員に当選したり、ともかく再び待望論といいますか、人気が出ていると。それから、その反対に、アキノ大統領の長男は、今度はまた大統領候補ですか、どうも勝ちそうだと言われています。このように、家族と政治の結び付きというのは、インドだけでなしにフィリピンでも見られますし、スリランカもバンダラナーヤカという有名な政治一家、名望家、資産家でもありますが、そういう人たちが数多く存在しました。
これに共通して見られるのは、バングラデシュもそうですが、家族の状況によって、母方であろうが、父方であろうが、あるいは男でも女でも家族のつながりが政治的資産として活用されるということなのです。娘が優秀があれば、娘のほうにぽんと行ってしまう。バンダラナーヤカのところなどは、最初、父親が政治家になって、スリランカの独立に非常に大きな貢献を果たしましたが、その後暗殺されると、今度は奥さんが出てくる。シリマウォ・バンダラナーヤカという奥さんが首相をやったり、大統領をやったり、しかし政変があってひっくり返って、駄目になると、今度は娘が出てくるわけです。男性だろうと、女性だろうと、手持ちの資源を全部使うというのが政治的家族ですから、彼らは双系的に資源の有効利用をするといってよいでしょう。