2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第2回 梶原先生 4月21日 4/8
家族の肖像
スペインから移住したアヤラ家を代表する、例えばハイメ・アヤラ・デ・ゾベルという総帥がいるのですが、その人を見ると、まったくスペイン人としか思えない、風貌からしても。事実、アヤラ家の人はほとんどフィリピン人と結婚しないのです。スペインの血統を守る。唯一、例外は、アメリカ人とは結婚した。恐らくパスポートも二重に持っている、つまりフィリピン国民であるけれども、同時にアメリカ市民権を持っていると。ですから、一種の、ナショナリストから見れば、怪しげなフィリピン人ということになるのかもしれません。そういう一家です。
今ちょっと申し上げた、マカティの開発なのですが、マカティというのは非常に特別な場所で、この土地のほとんどはいまだに、ビジネスセンターですが土地そのものの地権者はアヤラ家です。道路も全部ではありませんが、マニラ市が持っているところ、国有地もありますが、私道が多いのです。私道といっても、30m、40mの幅のある立派な道路です。フィリピンはご存じのように、なかなか道のメインテナンスがうまくいかないことが多くて、1年後に行ってみると、前空いていた穴がもうちょっと大きくなっているということが多いのですが、マカティに関しては私道ですから、アヤラ家が全部直してしまいます。舗装の状態が、マニラのほかの場所と比べると格段にいいです。

それからこのビジネスセンターに隣接した、例えば高級住宅地の一つにフォルベスパークという、いわゆるアメリカでいうゲイテッドコミュニティという、塀をめぐらせて警備員がいて、特別通行許可証がないと入れないという住宅地があります。最低単位が750㎡、これ以下に切り売りはできません。これを2軒分買うとか、3軒分買うことはもちろんできますが、ともかく細かく分けると住宅地の格が下がるということで、ミニ開発とか、100坪あったのを3軒で分けるとか、そういうことは契約上できないような住宅地です。家を建てるときでも、道路から何m下がって建てて、その間は全部芝生にしなさいとか、変な色を塗ってはいけませんとか、つまり不動産価値を高めるために約束事がたくさんあって、契約書というのを1回見せてもらったことがありますが、事細かに書いてあって、それに違反すると出て行ってくれというような住宅地です。これを見ていますと、一つの都市開発のスタンダードの高さというか、そういう町としてのやり方ですが、東京ではちょっと考えられないようなぜいたくな造りの住宅地があります。これに類する住宅地がいくつかありますが全部、アヤラ家の会社であるアヤラランドという、三菱地所みたいなところなのでしょうが、そこが全部管理しています。消防隊から、敷地内の水道から、全部別です。一般のマニラ市の住宅地とは別ですから、マニラの水道が断水になっても、ここだけは水が出る。電気は発電まではしてないですが、いわゆる配線とか、そういうものは優先されているようで、マニラ市が24時間停電したときでも、ここは数時間は必ずついているということがありました。恐るべきことには、広大な住宅地ですから、飛行場に行くのにこの中を通ると、渋滞がなくてすっと通れます。われわれはそのパスを持ってないから、もちろん通してもらえないのですが、ここに住んでいる方たちは、普通の道路で1時間半かかる渋滞を15分ぐらい到着できます。日本大使公邸もこの中にありますが、そういう経済的なパワーを持っている家族の代表として、アヤラ家が存在しています。

政治的家族として、マルコス一族を忘れることはできません。マルコスはほかの家族が持っていた経済的利権を政治的な腕力によって、自分のほうへ切り換えるという、フィリピンの歴史上、普通では考えられないようなことをやったわけです。例えば、当時、ロペスという政治家でもあり、経済的なファミリーの総帥でもあったのですが、ロペスが持っていた、さまざまな利権、例えばフィリピン長距離電話会社、フィリピンを代表する、当時の日刊新聞など、大企業を全部取り上げてしまいました。そして、自分の一族や配下を送り込んで、そして政治的のみならず、経済的にも地位を高めるということをやりました。ここも、ある種の家族の争い、マルコス一族とロペス一族の争いがありました。マルコスが退陣してハワイに亡命した後は、今度はロペスの生き残りがまた復帰してきて、先ほどお話ししたような企業がまたロペスに戻っていきました。家族間のいわゆる政略的な結婚とか、縁組というものも盛んに行われております。先ほどのオスメーニャもそうです。セブの地方のほかの政治的な名望家族との間に同盟関係を結び、同盟関係の一番はっきりした形は、政略的な結婚ですので、こういうことを繰り返すということが行われたわけです。