2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第6回 松岡先生 5月26日 9/9
インドの家族2 映画『家族の四季』から読み解く理想の家族
●妻ナンディニーの思わぬ反撃、それも自分が以前言ったのと同じ、一方的にぴしゃりと押さえる言い方に、さすがのヤシュも折れてラーフルと対面することになります。そして2人は、やっと本音をぶつけ合うのです。(映像は前述引用部分の最後にあり)

父ヤシュ
私の言葉に怒ったのか
振り返りもせず、一度も戻らず、去ったまま

ラーフル
呼ばれなかった

父ヤシュ
私が頼むのか
私は年長者だぞ、頼めるか

ラーフル
嫌われてると思った、息子じゃないから

父ヤシュ
何をバカなこと、バカなことを
私がこの家にお前を連れてきたんだぞ
お前のおかげで一家になった
何をバカな

ラーフル
嫌ってるでしょ
僕を愛してない

父ヤシュ
お前をとても愛してる
私の息子だ
ただ、口には出せなかった
この10年、お前を一瞬たりとも忘れなかった
お前のことを抱きしめて、"愛してる"と言いたかった
ただ、言えなかった
年長者の怒りは愛情の表れだ
怒りで言ったことをお前は真に受けて去り、私もそれきりに

ラーフル
呼ばれなくても、僕の方から戻るべきでした

父ヤシュ
なぜ戻らん、ここはお前の家なのに
お前はこの家の長男だ、私の息子だ
それに、私はもう年を取った
老いてしまった
許してくれ、私を許してくれ


(このシーンも、それまで絶大な権力を持っていた父親が息子たちに謝るという、インド映画にしては珍しいシーンとなっています)

●こうしてヤシュはラーフルの妻アンジャリーを嫁として受け入れ、ローハンとプージャーも結婚させてやるのでした。やっと家族は、完全なものになったのです。



<後半のポイント>
・結婚は個人同士の結びつきではなく、個人が家という集団に属する儀式
・家族に必要なのは、母親の愛情と父親の祝福=年長者の庇護
・息子ができることによって家族が完成する
・死後、遺体を焼く薪の山に点火できるのは息子
・家族全員が共に過ごし、喜びや悲しみを共有することが大事
・国=母なる存在


以上がこの映画で描かれる家族の形ですが、自分たちの世代と次の世代ができて初めて家族は完成する。だけども、自分たちより年長者もいないと、あるいは年長者の祝福がないと家族というのは幸せになれない。そういうことをこの映画は言っています。これはインドの伝統的な考え方なのですが、加えて、新しい視点もいくつか入っています。
それはまず、夫や家長の言うことは絶対だと思われていたけれども、その夫、家長も時には誤りを犯すことがある。彼らも人であって、決して神ではない。誤りを犯した時には、自分のほうから歩み寄って詫びることが大切である、という描写です。
それから、これまでは自分の血統、血が大切という考え方が強かったんですが、そうではなくて、養子も大事な一員として家族を形成していける。それは人間の心の持ちようの問題だということが描かれています。これはとても珍しい主張ですね。
そして、身分の差があっても、家風を守っていったりすることができるのだ、ということも描かれています。こんなふうに、映画の中では現実よりもちょっと進んだ考え方が述べられるのです。それが、インド映画が人々を惹きつける要素にもなっていると言えます。

(この日は映像の上映がうまくいかず、受講生の皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫び致します)