2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第3回 宮脇先生 4月28日 10/10
モンゴルの家族1 歴史上の結婚関係と部族同盟
これがムソルグスキーのオペラで有名なボリス・ゴドゥノフです。イワン雷帝亡きあと、その若い息子を殺したと悪口を言われている人で、実際にはタタールではないのに、タタールと称したお蔭で皇帝になることができました。ところで私は、モスクワの会議をテレビで見るのがとても好きです。「この人は何系かしら」「この人は何の血が入っていそう」とか、参加者のいろいろな顔を見て思う。ロシア人は、自分たちでは嫌かもしれないけれども、実際にはモンゴルと深い関係があります。

東方で満洲人が建てた清朝も、もちろんモンゴルとつながっています。清の太宗ホンタイジの5人の皇后は全員がモンゴル人でした。だから、順治帝はお母さんがモンゴル人、康煕帝はおばあさんがモンゴル人で、モンゴル語ができました。写真は西太后ですが、満洲人は纏足(てんそく)しません。それから、今のチャイナドレスは、この満洲服から来ていますが、その起源は、風の強い草原で着るために立襟だったモンゴル服です。

最後の絵はトルコの将軍ですが、オスマン・トルコ帝国の君主も、モンゴル帝国の家来の将軍の子孫だということが分かっています。これは男性ですけど、かぶっている帽子が、さきほど見せたモンゴルの高貴な婦人のものによく似ています。

写真撮影:西村幹也