2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第3回 宮脇先生 4月28日 3/10
モンゴルの家族1 歴史上の結婚関係と部族同盟
モンゴル帝国のしくみ
さて皆さんに別に勉強していただく必要はないので、面白い話をあれこれと思ったんですけど、ちょっと歴史の話、チンギス・ハーンとモンゴル帝国のことをお話ししましょう。。
モンゴル帝国について皆さんが一番興味がおありになるのは、なんであんな草原に生まれ育った人が、こんな大帝国を築けたの?ということと、モンゴル帝国がこんなに大きかったのに、その後どうして今みたいなモンゴルになってしまったの?という2つでしょうね。だから今日は、その疑問が解決できるような話をしようと思います。



この講義はシリーズで家族の話をしているので、歴史と家族と関係あるの?とお思いかもしれませんが、じつはモンゴル帝国の話は家族に関係大ありなんです。地図をご覧いただければわかりますが、東は朝鮮半島にあった高麗から、西はロシアまで全部モンゴル帝国の領域に入っています。どうしてこんなに広い地域が、少ない人数のモンゴル人で支配できたかというと、鍵は結婚関係なんです。遠いところの人たちと娘をやりとりしたら親戚になるでしょ。次に生まれた子供は半分モンゴル人です。血統の半分、4分の1、あるいは4分の3はモンゴル人という人たちが朝鮮半島からロシアまで広がった。つまり、拡大家族がモンゴル帝国といってもいいくらいなんです。
日本の戦国時代のことは皆さんよくご存知でしょう。織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も、考えてみたら全員親戚ですよね。徳川秀忠の奥さんで家光のお母さんのお江さんは、信長の妹のお市の方の娘で、秀吉の奥さんの淀君の妹でしょ。女系でいったら血がつながっているわけじゃないですか。モンゴル帝国も君主の地位は男系で継承していきましたが、女系でいえば、チンギス・ハーン家のお姫さんたちが帝国の各地方に嫁に行きました。日本と比較したら規模が大きいけれども、基本は人間の考えることですからあまり変わらない。