2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第4回 宮脇先生 5月12日 1/11
モンゴルの家族2 遊牧生活から都市生活へ
皆さんおはようございます。モンゴルの家族2回目です。今日は、『朝青龍はなぜ強いのか』(ワックブンコ、2008年)という私の本に書いた家族の話、男と女の話、結婚の話など、現実問題をたっぷりお話ししたいと思います。

モンゴルの地理的位置

出典:宮脇淳子『モンゴルの歴史』 刀水書房
2002年まずモンゴルの地図をご覧頂きましょう。私が自分で書いた地図です。モンゴルやっていますと、ここからここまで欲しい、というようなちょうどいい地図がないので、私、地図作るの上手なんです。これはモンゴル人が住んでいる場所がだいたい入った地図です。中国の内蒙古自治区も、ロシアのブリヤート共和国も、モンゴル草原です。北のバイカル湖に面したブリヤート共和国のモンゴル人は、17世紀からロシア人と一緒に住むようになって、いち早くロシア文化が入りました。シベリアに来たロシア人は、もともと遊牧民出身のコサックが中心だったので、モンゴル人とは割合に仲が良かったんです。
モンゴル国がどうしてソ連の衛星国になり、今でも独立国でいられるかというと、北のブリヤート人が社会主義と独立の援助をしたからなんですね。ブリヤート人は今でもモンゴル国にもたくさん住んでいますし、昔の満洲国北部、チチハルとか満洲里とかホロンボイル草原にもたくさん住んでいます。モンゴル人は遊牧民ですので、今のモンゴル国の国境の中だけではなくて、いろんなところに広がっています。西に新疆ウイグル自治区がありますが、ここも北部はじつは遊牧地帯で、今でもモンゴル人の住地です。
ただし、今新疆の北部は非常に漢族の多い地区になっています。人口の少ない草原に、中国の退役軍人で組織された生産建設兵団の漢族がどっと移り住んで、新しい町を作り、石油を掘っています。国境は20世紀にできた非常に人為的なものだから、現代のモンゴルを説明するときにも私はこういう地図が欲しい。モンゴル国だけしかないと、そこだけがモンゴルに見える。じつは国境の外側にもモンゴル人が住んでいますよという地図です。
ロモ中鉄道が大同から走っていますがが、もちろん北京から大同にも鉄道が走っています。中国側の国境がエレンホト(漢字では二連/アルリエンと書きます)、モンゴル側がザミンウデという町で、国際列車がここを通って、ウランバートルを通って、それでシベリア鉄道に入ります。この鉄道はモンゴル人が引いたんじゃないんです。中国とロシアが国際鉄道を通すときモンゴル国内を通過したので、モンゴル人自身は鉄道にはあまり執着していません。ただし民主化後は、担ぎ屋がいろんな物資をロシアやら中国から運び入れるのに利用しましたが、モンゴル人の遊牧と直接の関係はない鉄道です。