2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第4回 宮脇先生 5月12日 3/11
モンゴルの家族2 遊牧生活から都市生活へ
人間の役割は非常に大きくて、3,000年間、この雨の少ない草原で人が生きてこられたということは、環境を大事にする生活をしたということなんですね。そうでなければ、もうとっくに砂漠になっているはずです。だからモンゴル以外の場所で、遊牧民が主役でなかった土地はどんどん砂漠化しています。内モンゴルの砂漠化のひどさといったら、黄砂の飛び具合を見れば分かりますよね。アラスカまで黄砂が飛ぶ時代ですから。それはつまり、環境を無視して畑にして耕してしまった。4~5年はいいとして、その後、本当に草も生えない状態になります。新疆ウイグルの砂漠も、昔はもっと水があったところがどんどん砂漠になっている。ということは、農業が環境にとってマイナス要因なんです。だからモンゴルは、今やユーラシア草原で遊牧という生活形態を残している唯一の国なんです。モンゴル人の国だったからモンゴルのやり方を残した。

民主化後チベット仏教が復活
モンゴル帝国の子孫のなかで、故郷のモンゴル草原だけが昔通りの遊牧生活をしています。16世紀にチベット仏教徒になったのがモンゴル民族で、イスラム教徒になった人はトルコ民族と呼ばれます。モンゴルは、社会主義時代は仏教を禁止されて、宗教はアヘンだ、迷信だと言われて、お坊さんを殺したり、無理やり還俗(げんぞく)させたりしました。300から400もあったお寺を全部つぶして、爆破したものもあります。ところが、1992年に民主化したあとチベット仏教が復活しました。各家庭で隠してあったお経が出てきた。



写真は縦書きのモンゴル語の左にチベット語が横書きで書いてある八千頌般若経というお経です。お経にはモンゴル語とチベット語と両方あるのですけど、チベット語のお経の方が有り難いんです。日本人だって漢訳仏典のまま読経してもらって、何も分からなくても有り難いでしょ。チベット語の方が仏様に近い言葉だという意識があるらしい。裏山に埋めてあったのを掘り出して、全部ウランバートルに持ってきた。
1994年に私がウランバートルで文献調査をしていたとき、国立図書館の一番大きな部屋の正面に仏像を飾って、その前に汚いお経がたくさん積んでありました。長い間土の中にあって失礼なことをしてきたから、仏像の前に置いて拝んでいますと言っていた。
社会主義が終わったあと、モンゴルはいち早くダライ・ラマ14世を招待しました。初め小さなお寺を用意していたら、人が地方からもどんどん、どんどん来るので、間に合わなくて、急遽、一番大きな国立競技場に移動した。そのとき昨日まで社会主義を信奉していた共産党の高級幹部が並んで、「母がダライ・ラマの祝福を欲しいと私に託しましたので」と言って、絹のスカーフを差し出した。私の友達がその話をしてくれたとき「実は本人が祝福を欲しかったんだけど、昨日まで「宗教はアヘンだ」なんて言っていたから照れくさかったのよね」って。その後ダライ・ラマは何回もウランバートルを訪問しています。