2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第11回 土佐先生 6月30日 7/9
韓国の家族1 伝統と変化
族譜についてもう少し紹介いたしますと、これはもともと宋代の中国で始まったもので、韓国だけではなくて、ベトナムとか琉球にもあります。しかし、ここまでさかんな習慣として拡がった地域、国というのは韓国をおいてありません。韓国では実はそんなに古いものではなくて、一番最初のは水原白(スウォン・ペク)氏の族譜で1403年に成立したといわれています。これはもう残っていないのですが、現物が残っている中で一番古いのは安東権(アンドン・クォン)氏の族譜です。安東というのはソウルの東方に位置し、韓国の伝統がよく残っている地方です。


http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~koreandb/pdf/131-01_1.pdf

この安東権氏の族譜の印影は、インターネットで公開されています。まず一族の来歴について書かれています。そして家系図の部分が続きます。始祖から世代をずっと下っていって自分のところまでの系図が書かれている。いつどこの人と結婚して、いつ死んで、どこにお墓があるかというようなことが書かれています。政府の高官になったような場合には、そういうことも書かれています。子という字が見えますが、子というのは成人男子という意味です。これは昔の中国も孔子とか孟子とか、必ず男に子を付けていますけれども、日本に伝わってきたときになぜか女の子の名前になっちゃいました。もともとは子というのは成人男子とか立派な人という意味です。こうして、族譜には基本的には男しか出てきません。ただし、初期のほうの族譜には女性も同じように出ていたものが、だんだん朝鮮時代の中期以降になって男だけのものになっていったというふうに言われています。
族譜が増えたのは、17世紀から18世紀になってからです。さらに19世紀、そして一番増えたのは20世紀になってからです。1つは1920年代の植民地時代にブームが起きたというふうに言われていますけれども、それにも増して戦後もものすごく増えています。実は族譜というのは昔からあったと言うよりは、一般化したのは新しい出来事なのです。自分の一族の社会的ステータスを証明していく、立証していくための政治的道具であったことがここにも現れています。


http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~koreandb/miyajimajp.htm