2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第12回 土佐先生 7月7日 2/10
韓国の家族2 離散と民族主義のはざまで
何でこういうことをやったのかはいろいろな説があって、今でも定説はないのです。イエ制度や戸籍制度というのは、日本でも明治時代に入ってからできたものです。近代的な家族制度というものは日本にもなかったもので、それを近代化していく中で日本でやり、同じようなことを植民地でもやろうとしたということがまずありました。ただし、それを何のためにやったか。1つは徴兵をするためという説があります。1939年というのは植民地時代の末期、もう中国との戦争に突入しています。ただし、これが徴兵するために必要かどうかというと、必ずしもそうではないという意見もあります。
創氏改名には、設定創氏と法定創氏という2種類がありました。これは1939年の11月、実際施行されたのは40年2月からですけれども、それから半年の間に届出をしないといけないということになっていました。それで届け出をして自分で日本風の姓を名乗った人、例えば、金さんだったら金田さんとか金村さんとかそういう日本風の姓に変えた人、それを設定創氏といい全体の8割になりました。では、法定創氏というのは何かというと、届け出をしなかった人は、金さんだったら金がそのまま氏になるということです。ですから、全員が強制されて日本風の氏を名乗らされたということは事実に反することでして、そうしなかった人が2割いるということです。その場合も、女性のほうは、本来は姓は変わらないのに、氏になると家として統一しないといけないので、少なくとも女性は変えられたという言い方はできます。植民地の近代化という文脈で、二つの家族制度が出会ったときに何が起きたのか、このことは正確に語り伝える必要があります。
しかし、韓国でこれが問題になるとき、あくまで父系のアイデンティティだけに焦点が当たり、女性の姓が変えられたことは無視されています。父系血筋の問題がまずあって、そこが日本の植民地制度によって否定されたというわけです。それは必ずしも事実ではなかったのですが、ただ、受けとめ方としてそういう受けとめ方を今でもされているということです。

権威主義的政府による動員体制
次に解放後の時代に映ります。映画の予告編を少し見ていただきましょう。これは『ブラザーフッド』といいう映画ですけれども、この中でこれをご覧になったという方はどれくらいいらっしゃいますか? あまりいらっしゃらないようですね。これは2004年に作られた映画で、監督のカン・ジェギュは『シュリ』という日本でもヒットした映画を作った人ですけれども、韓国では『ブラザーフッド』のほうがさらに爆発的なヒットをしました。