2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第7回 辻村先生 6月2日 6/6
イスラーム社会の家族 息子達の反乱
ところが、1990年代の後半から、エジプト農民の出稼ぎ需要が減少いたしました。それにかわって村人に現金収入の道を開いたのは建材としての石灰岩ブロック、これを切り出す仕事でした。一般の民家というのは泥レンガで造られていたのですが、1995年に中エジプトを襲った大洪水で全部溶けて大災害をもたらしたのです。それを機にエジプト政府は、泥レンガの家は造ってはいけない。これからは石の家にしなさいという命令を出したわけです。中エジプトでは東の砂漠は良質の石灰岩の産地ですから、石切り場は活況を呈するようになりました。切り出し作業は重労働な上に危険が伴いますが、その代わり、農業をやっていたときには考えられないような高収入を若者たちは手に入れるようになりました。以前のように結婚資金を父親に用意してもらうのではなくて、息子たち自身が現金収入を得ることができるようになったのです。
石切場での仕事は2つのグループに分かれています。夜に出ていって朝帰りというグループと、早朝に出ていって夕方に帰ってくるグループです。そうしますと、家族の団らんとか家族みんなでの食事という風景がなくなってまいります。代わりに衛星放送の受信アンテナが屋上にキノコのようにニョキニョキと現れ、携帯の着信音があっちでもこっちでも鳴るようになったのです。30年前までは水道も電気もなかった村の急速な近代化です。それはまるで日本が辿ったのと同じ。最近は、家族に対して"個族"という言葉があるようですが、若者たちを中心に個人の行動のほうを優先する時代がエジプトの村にも訪れたのです。
村社会に変化をもたらしたもう一つの要因は、高学歴志向が地方にまで及んで、成績のいい子は大学に進み、そこで町の中流家庭の女性を妻にすることもできるようになったことです。私の知っている若者は結婚当初は村にある父親の家を増築してそこを新居にしたのですが、それから間もなく数キロ離れた別のところにマンションを買い、車も買って職をもつ妻ともども町の職場へ通勤しています。彼の兄はというと、父親の家で相変わらず農民としての生活をしている。兄の子供たちは村の子供と同じように継ぎ当てされた服を着ているけれども、弟の子供はというと、頭にピンクのリボンをつけて、フリルのいっぱい付いたかわいらしい服を着ているわけです。同じ兄弟でもこんなに経済的な格差が生活に現れる。昔は、家族が一緒に農業をやって同じような生活レベルだったものが、兄弟間においてすら大きな経済格差が生まれました。イスラームの根底にある貧者救済と相互扶助の教えによってこの先も家族の絆を維持できるのかどうか、イスラーム社会は試練の時代に入っているように思われます。