2010年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの家族」

第8回 辻村先生 6月9日 5/5
古代エジプトの家族像 アクナテン王の反乱
2つの資料を見て興味深いのは、息子と母親の同居です。結婚して息子夫婦は別所帯となるのですが、父親が亡くなった場合、母親と未婚の姉妹を保護するのは息子の務めだったのでしょう。しかし、古王国時代から女性たちは3分の1以上の相続権を認められていましたし、女性は経済活動から排除されていませんでした。ですから、経済力がないので息子を頼ったのだと見るのは誤りだと思います。例えば役人や兵士の場合、政府からサラリーをもらっています。デル・エル=メディーナの労働者も、政府から毎月300リットルの小麦と250リットルの大麦をもらっていましたから、子どもを含むと10人ぐらいの家族を養うことができます。女性は役人には登用されないので、生活費は男の収入から支出されますが、女性に収入の道がなかったかというとそうではなくて、何枚かの布を織れば、これが1,125リットルの小麦と交換されました。所有しているわずかな土地や所有する奴隷を貸すとその収入も女性のものになります。『ウイルボー・パピルス』によると、土地所有者の10パーセントから11パーセントは女性オーナーだったようです。多くは5アローラぐらいの面積だったというのですが、それだけの土地を持っていると、成人5人から8人が悠々と食べていけるだけの麦を収穫できました。生活には食料以外のものが必要となるので、実際は成人2人と子どもたちが食べていけるぐらいかなと思います。このように古代王朝時代のエジプトにおける女性の地位は、メソポタミアだとかギリシアなどと比べると大変高かったと言われています。
最後に、アニという書記の言葉を引いておきましょう。「あなたが妻を有能と分かっているなら、彼女の家の中で彼女を支配してはいけない。彼女が正しい場所に置いているのに、あれはどこだ、持ってこい、などと彼女に言ってはいけない。落ち着いて観察すれば、あなたは彼女の技量に気づくはずだ」と、こんなふうに言っています。一般の女性が公務員に登用されなかったり、あるいは子どもを産む、特に男の子を産むことを期待され過ぎたりと、現在のフェミニズムの立場からすると、そうした古代エジプトの社会に対してももちろん抗議の声は上がるに違いありません。それでも古代エジプト社会には、穏やかな家庭生活を送ることを人生の理想とし、その理想の実現に努力した夫婦の姿があります。そこに私は共感を覚えるのでありますが、皆さんはどうでしょうか。