2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第1回 梶原先生 4月13日 5/10
アジアの苦しみ、アジアの幸せ
当時の社会的な状況、世相を考えても、あるいは経済成長を推進した人物の背景とか経歴を考えても、ただむやみに金を求めるということではない状況があったのではなかろうかと思います。
所得倍増が60年に始まり、その締めくくりとして1964年の東京オリンピックがあり、それから1970年の万国博覧会があったわけですが、このあたりから、社会学その他でよく言われることは、消費社会が日本で本格的に誕生して、広がっていったということになります。それまでは、いわゆる、物としての道具が必要であり、必要最小限の消費物資しかなかった。あるいは、それを手に入れるのに汲々としていたといってよいでしょう。それに対して70年以降、だんだん、これがなければ生きていけないというものではないものが消費対象となるような社会が拡がっていったのです。
これは、経済発展をすれば当たり前のことで、必要最低限の消費から、無駄なものまで含めて、消費のライフスタイルが変わっていくということの現われです。
格差社会なんかについてよく書かれている三浦展さんは、こういう境目を社会現象としての歌で表現しています。これは『「家族」と「幸福」の戦後史』という新書です。すぐに思い出すのは小坂明子さんですね。『あなた』という歌がありましたが、これは、新しい家が欲しい、家を建ててあなたと住みたいというものです。この歌は1974年のヒットですが、74年は、1970年の安保反対運動も終わり、この頃から、反戦フォークや社会派のフォークソングとは違う、私生活主義あるいは、個人のライフスタイルを中心に押し出したような、狭い範囲の愛情を中心にしたような歌、それに加えて市民文化といいますか、むしろ小市民文化というふうにも批判されましたけれども、これが中心的になってきました。カタログ文化という言い方もあったし、ちょっと後になりますと、田中康夫さんの『なんとなくクリスタル』とか、こうした小説が評判を呼ぶような時代が到来しました。
団塊の世代が結婚したり出産をしたりというのが70年代の始まり、あるいは半ばからになります。そうした時代になったわけですが、この時期と合わせてニューファミリーや、今申し上げたある種の消費社会の本格的な誕生というものが起こりました。
三浦さんが広告の代表として取り上げているのは、「金曜日はワインを買う日」というものです。私、このワインの新聞の広告写真を記憶しております。確か、ワインの瓶とフランスパンが2本ぐらい紙袋に入れられて飾ってあるような広告だったと思います。このような消費社会における幸せのイメージが、70年代を境目にしてだんだん出てきたということでございます。
幸せを考える場合に、お金は大事な要素であり、かといって全部を支配するものではないというのは、当たり前といえば当たり前です。日本の所得倍増政策によって、当初26万円ぐらいだった一人当たりの所得が、85年ぐらいには400万ぐらいになるわけです。ですから、20倍とはいかないけど、15〜16倍の伸びを遂げています。意外にも、日本でも、日本人の生活の満足度調査というのがかなり前から行われていますが、1985年ぐらいがピークで、それからは、むしろ若干下がっていくわけです。このことから、あるところまでは、経済成長が幸せと相関関係をもって、確かに収入が多くなると幸せ度が上がっていくわけです。しかしながら、あるところからパッタリと、それが無関係になる。これは、良く言えば経済発展がある時期を終えて、成熟化というか、先進国社会に似てきたというか、そういう状況になったということでしょう。
こうした時代を経て、この頃までは、そうは言ってもやはり物がほしい、それからお金が必要であるということはまだ存在し、幸せと経済的な背景が、現在よりは密に相関しているたと言っていいと思います。その後、経済的地位やモノとは直接結びつかぬところで逆に幸福度に関心が高まっていったようです。つまり、所得倍増の時代、あるいはそのちょっと後ぐらいには、幸福度という問題意識はあまりなかったようです。