2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第1回 梶原先生 4月13日 6/10
アジアの苦しみ、アジアの幸せ
ところが逆に、近年になって幸福度にわれわれれの関心が高まってきた。あるいは、社会的な関心が高まってきました。それは一体なんでしょうか。
ひとつは、政治学者や社会学者も、人類にとってはくり返し問われるテーマではありますが、また幸福について、それを社会の課題としてとり上げるようになってきました。その理由を探ると、ひとつには、ある程度成長を遂げた社会では、政府が政策を実施するときに、従来では経済政策の範囲とされていたものが、純粋な経済政策にとどまらず、もっと広く社会や地球の将来ビジョンなど広い枠組の構想力をもったほうが、より有効な政策決定ができるという方向に、今変わっていったといえるのかもしれません。幸福度を調べることが、政策作成にあたって、より有効な情報が集まるという時代になってきたと考えることができると思います。
ただ単に、収入の高い低いとか、あるいは金額という問題は計量可能ですが、仕事に対してどう思っているかとか、生きがいとかきわめて量りにくいものを指標に組み込まないと正しい政策決定ができなくなってきたということになるのでしょう。
もうひとつは、これも、現代社会のひとつの表れだと思いますが、幸せは政府も注目している概念であるとともに、当然のことながら、社会マーケティングとして、幸せについて調べることが、ひとつのマーケティング的な戦略を立てる場合の基礎資料になるという点も明らかです。われわれは消費社会の中で生きているわけですから、消費者の動向を確かめたり、あるいは新しい商品開発をする時に、ライフスタイルと幸せとか、選好とか嗜好を掛け合わせたようなかたちで、現代の社会的なマーケティングが行われているわけです。その時に、値段が高いとか安いということだけではなしに、おしゃれなものであるとか、幸せな気分とか、現代性をどこかで反映しているものを商品開発し、マーケティングすることが行われています。
その時に、幸せに代表されるようなセンスとかライフスタイルをどうとらえていくかということが大きな問題になってきたといえるでしょう。今申し上げた、幸せと経済のある種の関係性については、よく言われているように、ある時期から幸福度は、所得にあまり影響されなくなってきました。むしろ幸福度というのは、社会調査によると、経済成長を遂げた各国ではいずれも、心理的な要因であるとかその他の要因に依存する割合が非常に強いという結果が出ているようです。それから、経済が発展すると社会的な関係や人間関係など、また働くことから得られる喜びや生きがいのほうが、収入よりも重要になるということがあります。
ですから、雇用とか環境とか人権とか平等とか健康とか安全などが、幸福度を高める重要な要素として、先ほど言いましたように、われわれの個人生活だけでなしに、政策的にもそこに注目が集中するようになってきました。その中で、GDPからGNHへ、国内総生産から国民総幸福量への概念の変化が生じたわけです。
幸せは経済だけでは量れないということはたしかにそうですが、ある時期までは、やはり発展と開発が社会の集合的な幸せを量る指標として、唯一の重要な指標軸であった経緯があります。
それが、いわゆる成熟社会になるにつれて変化したといえましょう。その過程で経済学の分野でもGDP主義に対する批判が行われるようになりました。
GDPだけでは、社会の強さであるとか人間の幸せであるとか、あるいは社会的な、富といっても広い意味での経済だけでない富、社会的なインフラストラクションも含めて、そういうものも量ることができないという批判はいろいろありました。その中で一番象徴的な議論というのがアマルティア・センのエンタイトルメントという議論であります。これは権原という言葉に訳されています。