2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第1回 梶原先生 4月13日 7/10
アジアの苦しみ、アジアの幸せ
アマルティア・センが言っていることを簡単に言いますと、GDPで社会の強さであるとか社会のある種の幸せさというか幸福度というのを量ると、負の生産も含めて生産額だけの議論になってしまうという批判です。
本当にそれで社会の強さとか良さというのがわかるんだろうかということです。例えば人口1,000人あたり、お医者さんが何人いるだろうか、とか、人口一万人あたりに、一応設備が整った病院がどのくらいあるか。それから交通機関ですね。個人所有の車というよりは、公共的な交通機関がどのくらいあるだろうか。それから、今は携帯になってしまったけれども、センが最初に言った時は、人口1,000人あたり、電話機がどのくらいあるか。つまり、電話機の所有というよりは、社会的コミュニケーションの基盤がどのくらい整っているか。それから、学校教育、子供たちがちゃんと学校に行っているだろうか。それから、教育費とか、あるいは医療費の公的な負担がどのくらいあるか。その人間がその社会の中で生きてく際に自分の権利としてこれらを享受する力をどのくらい持っているかということを、エンタイトルメントと表現したのです。例えば、1人あたりの1年間の生産額が3,000ドルの社会でも、医者があまりいず、適正な医療サービスを受けられない社会があるかもしれないのです。例えば年収3,000ドルと1,500ドルの社会を比べて、3,000ドルは倍収入はあるわけですけれども、社会的なインフラストラクチャーとか、公共的ないろんな装置が整い方が少ない社会というのは確かにあったわけです。
ですから、欠点はあったものの、社会主義社会の当時の意味というのは、収入はGNPとかGDPで比べると少ないけども、社会主義体制の中で、例えば学校にお金を払うということはほとんどなかった。そういう意味では、ある種の社会的インフラというのは極めてよく整っていました。今日でも、社会主義をやめた、旧社会主義圏に行きますと、維持、管理、運営が行き届いていないので、めちゃくちゃになっているところが多いですが、暖房の設備などは日本では考えられないようなやり方、つまりお湯をセンターからパイプで送って、アパート全部をお湯で温めてしまうというような装置がかつては働いていたわけです。人間の生活全体に対して、われわれがどのくらい、いろんな意味で権利を持っているかということをきめ細かく見たうえで、社会の幸福度というものを見ようということを、アマルティア・センが考えたわけです。
どうしてアマルティア・センがこういうことを考えたかというと、彼の代表的な研究は、飢餓の研究です。貧困と飢餓の研究をやったわけです。センは、生まれがインドのベンガル地方です。ベンガル地方では、戦後すぐにベンガル大飢饉という大変厳しい飢饉が起こって、それを子どもの頃ですけれども、彼は目撃したそうです。セン自身は名門ですから、食べるものがなかったということはないでしょうけれども、間近で体験したということがあります。この飢餓の研究でセンが述べている非常に印象的なことは、飢餓というのは、国家全体には食べものがあっても(食糧生産がかりに平年より多くても)一部の地方に飢餓が起こりうるということです。
われわれがすぐ考えがちなことは、飢餓というのは飢饉が起こったから、つまり食料生産が駄目になったから食べるものがなくなったと思いがちなわけです。それはそれで嘘ではないわけです。確かに、お米がその年凶作で取れないとか、小麦が全然取れなくて、ものがなければ、それはわれわれ食べるものがなくなる。当たり前なんです。ところが実際に、実証的に調べてみると、実は意外とそうではなかったわけです。その年の収穫が最低ではない年に飢餓が起こることがあって、過去5年間のうち収穫が少ない年に飢餓が起こったのではないわけなんです。そこそこ収穫はあったんです。ところが飢餓が起こっています。で、多くの方が亡くなっている。それは、例えば、自分で作って自分で自給自足で食べている人はなんとかなるかもしれないが、多くの人間は、農村にいたとしても、農業労働者、あるいは小作人のようなかたちで、自分で生産手段を持っていないわけです。そうすると、賃金というかたちでお金をもらって、それで農作物を、あるいは穀物を買って自分で食べるわけです。