2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第2回 梶原先生 4月20日 10/12
夢みるアジア
先ほどちょっと触れましたのは、どちらかというと、社会変化に対応して新しいかたちの宗教が出てくる。つまり伝統的な、例えば東南アジアでいえば、その伝統的な仏教の中でもある部分に、これまで以上に焦点が当たる、あるいは、さっき言いましたように都市の生活者が増えてきますと、都市の生活者が求めるものは従来からの仏教寺院でのさまざまな儀式とか儀礼ではなくて、もっと自己修養的な、つまりセミナーに行って自分のプレゼンテーションの技術をあげたいというのに似たようなかたちで、宗教的な習練を都市環境の中で、普通の都市のミドルクラスが体験できる。そういうことを実践している、教団というと少し言い方が違うかもしれませんけれども、組織が急成長を遂げるということがございます。同時に、そういう組織はどこかで新しい政治運動とも結び付いていく。
先ほどの大きな幸福と小さな幸せとの関係でいえば、こういう教団組織のようなものは、出発点はかなり個人的な精神の修養とか救済、日常的なことに結び付いて、そのために宗教の教義を学ぶ、あるいはもう少し実践的に座禅を組む、日本でいえば座禅ですかね、タイとかミャンマーだと瞑想ですが、瞑想の時間を、それもごくわれわれの感覚とあまり違わないんですけど、会社帰りにそういうところに1時間寄る、あるいは週末に、郊外に瞑想センターがあってそこに出かけていって半日過ごすということがある種余暇の一部でしょうか。ごはんを食べに行くとか映画を見にいくということではなくて、余暇の一部に精神的なものが含まれるというかたちで起こってくるわけで、その意味では非常に個人的な幸福とか夢であるわけです。
ところが、そういう人たちを今度政治的に受け入れる受け皿が、なかなか既成の政党の中にないわけですね。従来の保守勢力ともちょっと違和感がある。といって、社会主義にはなりたくないというような都市の中間層といいますか、学歴もある程度あって、収入もそこそこあって、新しいことも嫌いじゃない。しかし、お金だけ求めて、どんどんビジネスビジネスで突っ走るのでもないという層が、この10年アジア社会全般に増えてきました。
ちょっと前になりますけれども、例えばタイでいえばそういう人たちの受け皿になったのが、バンコク中心につくられたパランタムという政党です。もともと軍人でしたが、チャムロンという人が仏教に大変関心があって、得度は1回していると思いますけれども、彼が中心となって作った政党です。仏教のサンティアソークという信者の集合体に近づいて、先ほど申し上げた個人の幸せ、宗教的あるいは精神的修養、従来と違った社会活動をやるとか、ボランティアにも関心がある。こういう層が政党のどこに投票するかというと、受け皿がなかったのですが、ある一時期、パランタムはそういう層を集める受け皿になった。
チャムロンは当時、圧倒的に差をつけて、ほぼ独走のようなかたちでバンコク市長になりました。ご存じのように、1995年のタイの政変がありましたが、スチンダーという軍の司令官がクーデターをやったわけです。首相になった後にチャムロンたちがバンコクで軍部独裁反対運動をやったわけです。ミドルクラスの反乱と言われましたが、普段デモに行かないような中流階層が町に繰り出して、最後は王様が調停なさって、スチンダーが退任するという事件がございました。そういうところまで、結び付いていく。
先ほど申し上げた小さな幸せと大きな幸せの、場合によっては不幸な関係もあるけれども、ある種の社会的な変革というか、変革をする中心的な主人公、アクターとしてこういう個人の幸せが少し表に出るようになったというのは、アジアの新しい現象であると思っております。
従来ですと、小さな幸せの前に国家の大義が来て、小さな幸せはふさがれていました。「この非常時に、何を言うか」という台詞だけで、小さな幸せがぶった切られるということがアジア社会、日本だけではなしにありましたが、それとはやや違った傾向がでてきました。