2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第2回 梶原先生 4月20日 11/12
夢みるアジア
ただ、残念なことに95年のミドルクラスの反乱は、今度は2000年を過ぎて、正しかったかどうかは別ですけれども、今度は様相が変わって、タクシンは確かにお金に汚かったんでしょうけども、農村中心に支持された勢力に対して、今度は都市の住民としてタクシンを追い出すようなモーメントが働いたということもありました。その辺は行ったり来たり、微妙なところですが、小さな幸せと大きな幸せの関係性というのは、少しダイナミックに動き出しているということが言えると思います。
もう一つは、日本社会にもそうしたものがありそうなのです。社会の中にどういうかたちで、ささやかでもいいですけど、幸せというものをわれわれが感じ取れるような瞬間であるとか場所を組み込んでいけるか。最初から申し上げていますように、幸せというのは茫漠とした個人的なものでもあるし、その場その場でも変わり得るし、つかまるとスルンと逃げてしまうようなもので、すぐなくなるというか、一瞬のものだろうと思うのです。そういうものを、都市環境の中にどういうかたちで具現化できるか。恐らく、建築の専門家もそういうことを考えていらっしゃると思うんですけれども、それがどんなかたちに生かせるのかと思っております。
そんなに精神的に高尚な、高い精神性を求めるとか、幸せの本質を求めるということではなしに、少し砕けて言ってしまえば、快適性ということになると思うのです。快適とか利便というのは、また逆の面もありますので怖い表現ではありますが、本格的に社会の中にみんながちょっと気持ちよくなったり、あるいはほっとしたりというものをどういうかたちでつくれるのだろうか。もちろん何回もくどくど申し上げていますけども、「あなたはそうかもしれないけど、私は違う」というのが幸せですから、最大公約数の幸せというのは意味がないとは思うのです。そういう視点で、本格的にこの社会の、例えば空間だけにしても、空間的な在り方を考えることを取り込まなきゃおかしいのではないかと思っております。
日本の成田空港をはじめとする空港施設の不幸せさ、いいかげんさ。こんな国家はないわけです。何を考えてああいうものをつくるのか、全く分からない。つまり、日本人はうちに帰るというので戻ってくればいいのかもしれませんけれども、仕事その他で旅行をしている人間からすれば、飛行機が着地してホテルの部屋に入るまでに何分で行けるかというのは、最大の問題です。着地してのろのろ待たされて、荷物はなかなか出てこない。汽車に乗ろうと思ったら出ちゃった。あと30分待ちなさいと言われて、駅からホテルまで時間がかかるという責め苦というか、拷問みたいなことを平気でやっているわけです。
それに対して、以前にもお話ししましたけど、シンガポールの飛行場は着地してからホテルに入るまでをどう短縮するかを、みんなが共通のコンセプトとして考えて、商売が違う人たちが一緒に考えるわけですね。日本航空は、「JRのことは知らん」と言うわけですね。「うちは飛行機だから、汽車のことは分からない」。時刻表ぐらいは、積んでいることはあるけれども。つまり、このお客を次の汽車に円滑に乗せるというような連携が全く取れていない。そういうことを考えない。不思議ですけど、これだけ日本社会が戦後便利になって、効率がいいこともありますが、人の移動に関しては全くそれが働かない。
一つは、外国人を放っておくということもあるけれども、行政組織は人の移動に大変弱い組織で、もちろん転出・転入というのはありますけれども、人を同じ場所に置いておいて、数を数えて人口が何人、収入がどうかというのをやりたい、ピンでとめておきたい組織ですから、本質的には移動ということに、住所不定みたいなもので警戒感があると思うのです。