2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第2回 梶原先生 4月20日 2/12
夢みるアジア
まだ大変なことが続いておりますので、あまり軽率にそういうことを言ってはいけないのでしょうが、このたびの大震災の一件についても復旧をめざすのか、全く創造的な新しい将来のビジョンが必要なのかといった議論が両立的に出ております。直接被害に遭われた方にすれば、次の世紀に自分の町がどうなるかということも、もちろん大事ですが、それ以前にこの間まであった自分の生活を元に戻してくれという希望は当然であるだろうと思います。そこでも大きな枠組み、あるいは大きな単位の社会とか国家につながるような幸福と、もう少し狭い範囲で、しかしながら極めて重要な個々人の小さな幸せとの関係をどうバランスを取っていくかという問いが存在しています。
このような議論のなかで、アジアの場合、戦後、例えば社会主義、幾つかの社会主義国家がまだ残っておりますけども、という理想の追求もありました。もう一方では、この間申し上げたリー・クワン・ユー(李光耀)に代表されるような、何が何でも経済発展を遂げるという開発市場経済主義的な社会的構想力という大きな夢もありました。戦後アジアの多くが欧米の植民地から独立した後であるからこそ、大きな理想を掲げる必要があったのです。
開発至上主義が経済発展を促した面は確かにありましたが、しかしながら1990年以降経済成長とともにアジアの各地で多くなったのは、もう少し小さい個人と結びついた幸せの追求の側面です。個人の生活スタイルの追究に沿って、新しい宗教集団が生まれたり、例えばタイでは従来の伝統的な仏教に変わって、在家の信者のさまざまな宗教組織、社会福祉的な要素も含めて、個々人の魂の救済を在家仏教徒の集団が行うということで新しいセクト、新しい宗教組織がどんどん誕生したということがございます。
内実はあまりよく分からないですけれども、中国において法輪功の存在が顕著になったのも、社会が大きく変化するときに個人の幸せを担保する1つの方法として、宗教が有力な手がかりになったことに起因するのでしょう。インドでもそうですし、イスラムの復興もどこかでこうした幸せの追求と結びついている面があることはご承知のとおりと思います。もうひとつ興味深いのは、これは必ずしも総括討論の中で言われていたことではないのですが、例えば近代社会以降、子ども、死というものが社会の表面から隠蔽されてきた。あるいは、いわゆる身体の障害、目が不自由とか、そういうことが全く否定されて、負の記号として認識されるようになったということが言われております。
そうすると近代は、確かにいろいろな意味で技術の進歩や産業形態の変化、場合によっては経済発展ということで、いかにもはっきりと感じられる不幸というものを消し去っていった時代ともいえます。そんな気楽なことは言えないんですけれども、不幸というものを覆い隠してしまう。幸福だけに焦点がいくような近代的なある種の思考方法というのでしょうか、そこに近代の問題があります。
先ほどの座談会に関連していうと、映画研究をやっている四方田さんが、韓国のパンソリの「風の丘を越えて」という有名な映画について発言しておられます。パンソリなどの伝統芸能は近代化する韓国社会の中で人気がなくなってしまうわけです。もちろん、ポップスや流行歌的なものが盛んになってきます。
そうした状況の中でパンソリ芸人のお父さんが娘に、おまえの歌にはまだハン(恨)という独特の感情がこもっていない、といいます。ハンがないと歌の本格的な、何か中心になるような魂が出てこないというわけです。映画をご覧になった方もいらっしゃると思いますけれども、そのハンをつくるために娘に毒を飲ませてしまう。それが目に来て、娘さんの目が見えなくなる。目が見えなくなることは、普通にいえば全くの不幸ですけれども、マイナスであることによってそれがハンの感情につながって、従来にないような歌唱の境地に達する。