2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第2回 梶原先生 4月20日 4/12
夢みるアジア
その会議の席上で、当時即位したばかりの、20代初めだったと思いますが、ワンチュク国王がブータンの国家建設の柱としてブータンは国民総幸福を追求する。その当時、アジア社会を席巻しておりました、いわゆる開発経済の論理とはだいぶ違うものだという演説をコロンボでしたと言われております。それが始まりで、その後40年ぐらいはこの話もあまり広まらなかったのです。大きな注目は浴びなかったのですが、こういうことがあるということは日本でも比較的早くから知られていたと思います。
国連開発計画、UNDPという組織がありますが、1998年という20世紀が終わる時期、21世紀に向かってミレニアム会議が開かれました。当時の外務大臣、現在首相をやっていますティンレイさんがその席上つぎのように述べました。「幸福は、すべての人類にとって究極の願いである。ほかのすべてのものは、この目標を達成するための手段である。そして、論理的に考えれば、個々人の、そして集団的な努力はすべての目標を達成することに向けられるべきである。幸福は政策目標にならなければいけない」。彼のいった「幸福を政策目標にする」、つまり政府が政策を遂行していく上で、最大の究極の目標は幸福だということをはっきり述べるというところに非常に興味深い点があります。
前回も申し上げましたように、これに対して非常に懐疑的な批判もあるわけで、政府が国民の幸福を維持、保持、あるいは発展させなければいけないのは確かだけれども、個々人の生活、あるいはプライバシーの領域もあることですから、政府が土足で踏み込んでくるといいますか、これに対しては拒否反応は当然あるでしょうし、政策目標として幸福を掲げるのはおかしいではないかという批判は日本社会でもあります。ブータンという国の大きさ、政治体制、そうした特徴があってこそ、こういうことがより明確に言えるだろうとは思います。そういう経緯で、この国民総幸福が広まってまいりました。
同じような流れというか、これとどこかで関連しているのですけれども、フランスでサルコジ大統領になってから、経済パフォーマンスと社会の進歩の測定に関する委員会ができました。つまり、経済が発展してそれが社会進歩といいますか、社会開発にどういう影響がどのようにあるかということを測る委員会が、ジョセフ・スティグリッツという経済学者を代表として設置されました。彼は従来の発展理論には反対で、GDP維持信仰に対する批判で有名な人です。この間お話ししたアマルティア・センも委員として入っていますが、こうした会議が2008年にできたわけです。
そこで、スティグリッツが次のようにいっています。「GDPが問題となるところは、生活の質にマイナスになることでも経済効果として加算してしまう」。その例でいろいろ出てくるんですけども、例えば道路で渋滞が起こると、渋滞の間はエンジンをとめればいいのでしょうけども、エンジンそのものをふかしているとどんどんガソリンを使うわけです。そうすると、渋滞という甚だ環境にも困るし、われわれの精神にもあまりいい影響はないことによって、GDPは増えてしまう。つまりガソリンをたくさん消費して、お金を使うわけです。空いていればすっと行けるところが、そうはいかないわけです。「GDPの怖さというのはそれだ。環境に負荷がかかろうと何をしようと、お金を使ったり、あるいは物を買ってしまうということによって、それを計算の中に入れてしまうのがGDPだ」。それを入れないような、経済効果の継続というものをスティグリッツ委員会は目指したのだろうと思いますけれども、そういう議論があるわけです。GDPの増加要因が、生活のクオリティを下げてしまうことがあるということを言っているわけです。