2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第2回 梶原先生 4月20日 9/12
夢みるアジア
ブラックは企業と組んで、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の水の浄化剤とか、日本企業も随分お付き合いがあるようですけれども、人びとに雇用の機会を与えて、その人たちを販売員として雇用して、人々が下痢をしないように水質浄化剤を地方で売って回る。それによって、わずかな収入ではあっても収入が得られるようにしています。その収入によって、彼らはその金額の範囲内でまた購買者ともなり得るわけです。つまり、雇用と市場の両方を育てていくという、ささやかではありますが、これによって社会の中に少しずつお金が回ったり、知恵が回ったり、それと同時に社会的啓蒙が広がっています。
そうは言っても、もちろん一方ではビジネスのターゲットになるわけで、小口の消費者とはいえ、そういう人たちが3億人いるとばかにならないわけですね。1人は100円しか使わないにしても、300億円になるわけですから、そのマーケットというのは決して小さいわけではありません。
私の若いときのフィールドワークの印象でも、それこそ小口の消費者というか、タイの北の田舎の人々が想い出されます。彼らは自給自足を完全にやっているわけではありませんから物を買うわけです。タイのナンプラーしょうゆにしても、その他の調味料にしても、本当に買う単位が小さいです。シャンプーでも何でも、1パックや1瓶ではなくて、昔の粉末シャンプーの1袋を買う。それを1人でなく、2〜3人で使ったりします。しょうゆでも小さい、四角い、納豆に付いているおしょうゆみたいなのがボール紙にいっぱい付いていて、それを1つずつはがして、1回に1つ買う。場合によっては、それで2度のごはんがつくれる。1回に買う量は少ないし、例えば3円とか5円という消費の単位なわけです。けれどもそのマーケットというのは、巨大なものがあるわけですね。タイだけでも、そういう人たちが3,000万人〜4,000万人いるわけです。
ただ、1袋ずつ買うより1瓶買ったほうがはるかに安いわけです。量の値段、100グラム当たりという単位で考えると。小口で買うのは、必ず損をしているわけです。そこに、マージンもできるわけですね。たばこでも1カートンを買えば幾らというのを、1本ずつばら売りにしているわけです。ばら売りのお金は払えるけれども、何箱か入っているものは買えないという経済状態ですから、逆に、そこが商機があるというターゲットにされるというところもあるのでしょう。非常に、効率の悪い消費をせざるを得ないような状態になっています。
幸せについて今日のお話は、どちらかというと1つの政府の政策としてというお話をいたしました。もう一言だけこの国民総幸福について加えさせていただきますと、確かに国策であり、政府が定めた政策であるわけですけれども、1つの興味深い点としては、先ほども申し上げました大きな幸せと小さな幸せのある種の接点ですね。つまり、個人がどう感じているか。感じているかというのは、一番数としてつかみにくいものですから、どのぐらい正確にこれがくみ取れているかというのは、今後さらに検討されるだろうと思います。少なくとも、そういうものを本格的にとらえようというところでは新しい試みといっていいのではなかろうかと思います。国家は、いつも国民の幸福をどこかでは念頭に置くような組織ではありますけれども、ここまで徹底して行っている。今後、ブータンはどうなるかというのはまた難しい問題があると思いますが、そういう意味でアジア発の興味深い例としてお話をしてみました。
また、もう少し別の観点でアジアの幸福の話に戻りたいと思います。さきほど申し上げたように、金銭的な労働に換算されないとか、GDPに入らないけれども、そこにある種の幸せとか生きがいを求めるということは当然、アジアに限らずどこの人間でも行っていることだと思うのです。その中で、ちょっと申し上げました社会が大きく変わるときに、1つのよすがとして宗教というものに大きく脚光が浴びせられるという瞬間があるというお話をいたしました。