2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第5回 邢先生 5月18日 2/5
解放後中国の変化と幸せ
3.改革・開放前の30年(1949〜1978年)
中国では、新中国成立の1949年から1978年第11期3中総会(1978年12月18日〜12月22日)までの期間を「改革開放前の30年」と称する。この時代の中国経済建設は、伝統的「社会主義計画経済」の理念に基づいて展開していた。一定の経済発展の実績をあげたが、無駄、失敗、損失も大きく、たくさんの教訓も残している。
また、国内経済と政治は比較的に閉鎖状態にあったため、中国は世界第3次産業革命の追い風に乗れず、経済発展、科学技術の水準は先進国に比べ、大きく立ち遅れていた。
この30年間の中国のことを一言でまとめると、中国人は政治的に立ち上がったが、経済的に豊かにならなかった。

1)経済回復期(1949〜1953年)
内戦が終わり、新中国が成立したため、国民が非常に喜んで一生懸命に経済 の回復に取り組んだ。短い期間の中で中国の経済がかなり回復した。

2)第1次5ヶ年計画(1953〜1957年)
この5ヶ年計画の発想も基本的にソ連に学んだもので、「計画経済」の産物とも言われるが、中国の国力がきわめて弱い時代に全国の財力、人力、資源を集中させ、国民経済の立て直し、独立した工業体系の整備などのためには、非常に大きな意味を持っていた。

3)第1次5ヶ年計画の基本的な目標
ソ連は兄弟国の中国の経済発展への支援として、1950年代初期に相次いで156件の大型工業プロジェクトの援助を決めた。第1次5ヶ年計画の第1要務はこの156件の大型プロジェクトをめぐって、694件の大・中工業サブ・プロジェクトを施行した。これを通じ、中国工業化の基礎を築き上げる。これらのプロジェクトには、製鉄、発電、採鉱、石油精製、機械製造、造船、希少金属などの分野に及んだ。
農村地区で集団所有制の「農村生産合作社」(人民公社の前身)を発展させ、農業と手工業に対する社会主義改造の基礎を整備する。「農村生産合作社」では、土地などの主要生産資料について「公有制」(集団所有制)を施行し、社員収入は「労働に応じた分配」を施行した。
資本主義の私有工業・商業に対し、「社会主義改造」(公私合弁)を行う。「 社会主義改造」の要旨は、「制限、利用、改造(買収)」の政策を通じ、既存の資産家の企業を、国家公有の企業に改造する「国有化運動」である。
5年間の努力を通じ、中国は1957年末時点で、第1次5ヶ年計画の目標は基本的に達成した。
第1次5ヶ年計画は全体として大きな成績を上げている中、さまざまな問題点も抱えていた。特に、共産党内の「経済猛進派」の主張が台頭し、周恩来総理が代表する「穏健派」と激突した。「経済猛進派」の主張は「穏健派」の意見を押さえた。中国共産党は、「主要工業製品の生産量については10年以内、イギリスを追い越し、15年以内にアメリカに追いつく」というスローガンを打ち出し、結局、その後の「大躍進」の悲劇につながった。