2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第8回 松岡先生 6月08日 4/4
ヒンドゥー教徒が描く「幸せな生涯」
ヒンドゥー教のお祭り以外にも、イスラーム教やキリスト教など他宗教のお祭りもあり、また独立記念日などの国としての祝日もあります。多宗教国家であるため、インドはとにかくたくさんお祭りがあるんですね。メインのお祭りは全部休日になりますから、インドはほとんど毎月何らかの休日があって、秋のお祭りシーズンなどは休日続出という国でもあります。
こういうお祭りの時などに、ヒンドゥー教徒が唱える句というか、心の拠り所としている物語が2つあります。ひとつは前述した「ラーマーヤナ」です。詩形の「ラーマーヤナ」をお坊さんが歌い聞かせてくれて、人々もいつしか憶えてしまうのですが、妻たちが「シーターは貞節な妻」というようなことを歌って、それを心の支えにしたりします。
もうひとつは「マハーバーラタ」という全18巻にも及ぶ物語です。これは、パーンダヴァという国と、カウラヴァという国の戦争の話です。いろいろいきさつがあって、最後には両者がクルクシェートラという所で大決戦をするのですが、もともとはこの両者は親戚同士なのです。それで大決戦に際して、パーンダヴァの王子アルジュナは迷います。この戦争で私は相手を殺さなければならない。そういうことをしていいのだろうか。特に相手は、自分のいとこ、親戚なのに、それを殺すということはどういうことなのか、ととても迷って、戦争に出ることをためらいます。そのときにクリシュナ神がやってきて、お前は自分の義務を果たしなさい。ここで闘って敵を倒す、ということはお前に与えられた義務だ。義務を果たすことが最終的には解脱の途に繋がるのだ、と懇々と説きます。そのお説教が、「バガヴァッド・ギーター」という一つの物語にまとめられています。ヒンドゥー教徒は人生に迷った時などにこれを読み、その中から答えを見つけ出します。
こういう風に、「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」に照らして自分たちの生き方を決めていく、心の平安を得ていく。それがヒンドゥー教徒の幸せな生活の基盤になっているわけです。
ここで、参考になりそうな映像をいくつか付けておきます。

家庭でのガネーシャ神への祈り
http://www.youtube.com/watch?v=FsOAMNxwYKA&feature=relmfu

入門式のスライドショー
http://www.youtube.com/watch?v=Qx-CAC12VzY

入門式の、男の子に紐(ジャネーウー)をかけるシーン
http://www.youtube.com/watch?v=z7KH2QYjfBc&feature=related

結婚式(ベンガル地方)
http://www.youtube.com/watch?v=_P9kzf3SX_s&feature=related

こういう風に一生のいろんな段階を通過していくことで、ヒンドゥー教徒は心の平安を得て、幸せな家庭を築いて一生を終えます。ヒンドゥー教徒の理想の生涯に直結する人生の四大目的ですが、まず、「ダルマ(法、行為の規範)」と言われる、カーストの規範を守り、宗教的戒律を守って生きていきたい、ということがあります。いわゆるカースト制というのは、現在でも厳然と人々の意識の中にあります。ですので、若い人たちでも結婚に際しては、それまで恋愛をしていたとしても、あらためて同じカーストの中で相手を探します。相手とカーストが違い、家の経済的な釣合いもとれないとなると、結婚したあとで親族から受け入れてもらえなかったりして、自分と相手の一生はとても不幸になってしまう。だから、親が決めた釣り合う相手と結婚をする。今でも8割か9割くらいはお見合い結婚、アレンジドマリッジです。お見合いをして、それから恋愛をすればいいじゃないか、という考え方なんですね。それが今の若い人たちの、幸せに対する考え方になっています。
次の「アルタ(実利)」は、物質的、経済的な利益を追求すること。これもヒンドゥー教徒にとっては大事なことなんですね。
そして「カーマ(愛欲)」ですが、結婚して子どもを作る。それも男の子を作って家を継承させていく。子孫を繁栄させこの世界を持続させていく。これも非常に大事なわけです。
最後は、幸せな状態で死んで、ガンジス川に流されることによって天に昇る。「モークシャ(解脱)」を得ることも最終的な人生の目的となります。ヒンドゥー教徒は輪廻転生を信じていますが、次の世に何に生まれ変わるかはわからない。輪廻転生を重ねることはつらいことで、最終的には輪廻から解脱する、輪廻というものがなくなる世界に入る、それが一番幸せな状態であるわけですね。それは人間の力の及ぶところではないけれども、それをめざして、現世の自分の役目をしっかりと果たしていく。こういう四大目的を追求することが、ヒンドゥー教徒の幸せな生活となります。
これまで述べたのは、ヒンドゥー教徒の男性の幸せな生活ですが、女性の場合も見てみましょう。ヒンドゥー教では、女性は崇められるべきもの、特に母親という存在はそう考えられています。ただ反対に、男尊女卑の考え方もあります。その場その場によって、両方の考え方が出てくることになります。
ヒンドゥー教徒の女性の幸せは、まず幸せな結婚をすることです。そして子ども、特に男の子を生むこと。それから、未亡人にならないこと。これが幸せの大きな条件です。
結婚した時に、北インドの女性の場合は、マンガルスートラという金と黒いビーズの首飾りをつけます。それから、髪の分け目にシンドゥールという赤い粉をつけるんですね。この両方は、夫が存命でないと付けられません。額につけるティカとか、ビンディー、クムクムという印は、結婚していてもいなくてもつけることができるもので、今ではファッションの一部になっています。ですが、マンガルスートラとシンドゥールをつけられるのは、夫が存命の幸せな妻だけです。毎朝シャワーを浴びて髪を洗い、そのあと鏡に向かって、シンドゥール入れの蓋を開け、髪の分け目に鮮やかな赤色のシンドゥールを付ける。ああ私はなんて幸せなのかしら、と感じる儀式が毎朝繰り返されるわけです。
東インドでは、シャンクという白いホラ貝を輪切りにした腕輪を赤い腕輪と組み合わせて付けるのが、幸せな妻の印になります。夫が死んでしまうと、こういったものは一切付けられません。一生、白か淡い色の単色のサリーを着て、アクセサリーも一切付けずに夫の菩提をずっと弔わなければならない。それはとても不幸なことなんですね。ですので女性の場合は、結婚をする、子どもを生む、夫と終生連れ添う、これが大変大事なことになってきます。こういう生涯が、インドの、ヒンドゥー教徒にとっての幸せな一生ということができます。