2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第9回 松岡先生 6月15日 2/4
インド映画はいつもハッピーエンド~映画が運ぶ「幸せ」感
今日は私、松岡の2回目で、私の専門のインドの映画に引き付けて、「インド映画はいつもハッピーエンド」というお話をしたいと思います。
もう15年くらい前になりますが、『ムトゥ 踊るマハラジャ』(95)という映画が日本でもヒットして、インド映画は歌あり踊りあり、アクションも涙もお笑いもあって、最後はハッピーエンド、という認識が、日本でも定着しました。そういうインド映画は、インドの社会の中で幸せになる装置というか手段として、非常に大きな役割を果たしています。
レジュメにもまとめましたが、インド映画の特徴は、まずひとつにはスタイル、様式の特徴があります。インド映画の様式の3つの特徴は、いずれも伝統演劇から影響を受けたものです。インドに映画が伝わった19世紀末、インドでは伝統演劇が非常に発達していました。日本の伝統演劇は、皆さんもご存知のように歌舞伎ですね。このネーミングにもあるように、歌と舞と演技がアジアの伝統演劇では欠かせない要素となります。
インドも同じです。インドにおける劇映画製作は1912年から始まりますが、その第1作は伝統演劇の演目をそのまま映画に移しかえて撮られたものでした。こうして伝統演劇の様式の特徴が映画にも伝わり、それがいまだに踏襲されているのです。
その特徴は、まず歌と踊りが入る「ミュージカル」であること。なぜ「 」を付けるかというと、アメリカのハリウッド・ミュージカルとは少々違うんですね。もっと主人公たちの感情に即していて、感情がもりあがったところで自然に歌が出てくる、という感じなのです。ということで、「ミュージカル」としてあるのですが、歌と踊りが必ず入ります 。
それから、あらゆる娯楽要素が盛り込まれます。これも伝統演劇の影響で、演劇の理論書「ナーティヤ・シャーストラ」に書いてある、演劇9つのラサ(情感、感情)を入れないといけない、という理論に基づくものです。ナヴァは9つという意味で、色気、笑い、哀れ、勇猛さ、恐怖、驚き、憎悪(嫌悪)、怒り、平安の9つの情感を盛り込みます。映画に置き換えると、ラブロマンスがあって、コメディ、お涙頂戴、アクションが入り、スリルとサスペンスがあって、憎悪対象としては敵役が必ず出てくる。そして理不尽なことに対する怒りが入っていて、最後は勧善懲悪のハッピーエンド。インド映画がハッピーエンドとなる必然性は、こういう理論に基づいているのです。
こういうたくさんの要素を入れていくわけですから、上映時間は当然長くなり、ほとんどの映画が2時間40分くらいになります。また、今でも必ず途中に、インターバルとかインターミッションという字が出てきて休憩になります。これも皆さんが歌舞伎などでご存知のように、幕間ですね。そういうスタイルを未だにインド映画は踏襲しているわけです。
次に、産業としてのインド映画の特徴はどうか、というのを見て行きますと、まず年間製作本数が世界一です。2010年は1,316本作っています。インドでは映画を作ると、映画検定局の検定に掛ける必要があり、検定にかかった数が年間製作本数になります。実際に公開された数とは少し差がありますが、アメリカの場合は公開本数で数え、2009年は588本。日本は2010年の公開本数が408本となっています。インドは、日本の約3倍、アメリカの2倍以上の数の映画を作っているわけですね。
なぜこんなに製作本数が多いのかというと、ひとつには多言語製作であることが挙げられます。インドはいろんな言語が話されている国で、言語の系統は大体北と南とで分かれ、北インドはインド・アーリア系、南インドはドラヴィダ系になります。他にもチベット・ビルマ系とか少数部族の言語もありますが、大きく分けるとこの2つに、人種も言語の系統も分けられます。インドは州毎に公用語が決まっていますが、その数だけでも22あります。映画は毎年20数言語で作られており、中には200本以上作られている言語もあります。
次に映画製作の中心地ですが、一番規模の大きいのはムンバイです。ムンバイではインドの国の公用語であるヒンディー語の映画が作られていて、ヒンディー語の映画だけは全国で上映されます。いわば全国区のメジャーな映画、と言うことができます。
ムンバイは旧名をボンベイと言うのですが、ヒンディー語の映画が作られているムンバイはインドのまさにハリウッドだ、ということで、ボンベイ+ハリウッドでヒンディー語映画界はボリウッドと呼ばれます。今やこの名称は、世界中に知られています。
他にも、タミル語映画が作られるチェンナイ(旧マドラス)、ハイテクシティとしても有名で、テルグ語映画の都ハイダラーバード。それから昔バンガロールといっていた、カンナダ語映画が作られるベンガルール。その南にあるマラヤーラム語映画を作っているティルヴァナンタプラム。そして、ベンガル語映画を作っている昔のカルカッタ、今のコルカタ。この6つの都市が映画の都となっています。
ヒンディー語、タミル語、テルグ語の映画は、常に100本以上、時には200本を超えます。その他の言語も二桁製作が多く、全部足すとたちまち1000本を超えてしまう。インドという国を考える時に、一つの国と考えると理解が難しいのですが、EUのようにいろんな文化をもつ国が集まった一つの地域、と捉えると分かりやすいかも知れません。
その他、映画はテレビ業界、音楽業界、出版業界を包括する強大なメディアでもあります。インド人は映画が大好きなので、テレビもそれを無視できないのです。映画放映チャンネルも多く、歌と踊りのシーンはミュージッククリップがわりになるため、音楽チャンネルはそれを集めて放送しています。テレビにとって、映画は強力なコンテンツなんですね。そんなわけでテレビと映画は、持ちつ持たれつの共存関係にあります。
音楽業界は、映画の挿入歌が主力商品です。インド映画の歌はすべて吹き替えで、専門の歌手が吹き込んで、俳優はそれに口パクで合わせています。それをインドではプレイバックと言いますが、映画公開の約1ヶ月前にCDが発売され、みんな買って歌を覚えたところで映画を見に行きます。映画音楽は売り上げのかなりの部分を占め、ポップスや古典音楽の売り上げは足元にも及びません。そんなわけで、音楽業界も映画業界様々です。
出版業界も、最近はインドでもネットが普及して紙媒体がだんだん少なくなってきましたが、それでも映画雑誌はいろいろ出ています。インドの「キネマ旬報」にあたる「フィルムフェア」を始め、英語の映画雑誌は全国で読まれていますし、いろんな地方言語を含めると、100種類くらい出ています。また、最近は豪華な映画関連本がたくさん出版され、売れ行きもいいようです。ということで、出版業界も映画に依存している部分があります。