2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第3回 宮脇先生 4月27日 1/7
チベット人の幸せ 仏教徒としての人生
私の専門はモンゴルの歴史ですが、文化比較の研究もしています。今年度は、梶原先生が「アジアの幸せ」にしましょう、とお決めになりました。幸せって個人の気持ちじゃないですか。それを一体、学問的にどうやって説明するのか。担当の先生方と「どうする?」と相談しましたけど、学部長には逆らえません(笑)。それで、今年は幸せコースになってしまいました。
梶原先生のブータンの国民総幸福量の話はいかがでしたか。ブータンの国民は、8割がチベット人、2割が南から行ったネパール系の人たちです。ブータンの国教はチベット仏教です。だから、本家のチベット仏教の話をしなかったら、ブータンの人たちが、なぜ物質ではなくて精神の幸福を追い求めているか、わからないではないですか。あんな小さな国だから、みんな平等でOKなんじゃないの、ということでおしまいにされるのは困りますので、チベット人の幸せを話そうと思いました。
次回はモンゴル人の幸せの話です。モンゴル人は16世紀にチベット仏教に帰依したので、モンゴル人の幸せも仏教に関係しています。けれども、チベット人ともまた違うモンゴル人らしさがあります。本日は、仏教の話もしたいと思います。
私の生まれは和歌山の浄土真宗のお寺で、私の祖父が16代目で、叔父が17代目。そこに子供がないので、私の弟が18代目になることが決まっていて、資格も取って待機中です。ところが、私は仏教徒の家に生まれたのに、じつは仏教がきらいでした。だって、僧侶なのに妻帯して、16代も家が続いているなんて変でしょ。祖父は三男で漢文の先生をしていたのが、兄二人が早くに亡くなり、実家を継いでお坊さんになりました。そうすると、儒教と仏教が一緒くたで、お説教も漢文風で「女賢しゅうして牛売りそこなう」とか、女には考えがない、とか。じつは仏教だって女のままでは成仏できないんです。たいへんな男尊女卑なんですよ。それで苦労した母は、嫁入り前に信仰していた金光教を守って、私にもそちらを押しつけました。だから、私は日本の仏教には冷淡でした。
もちろん親鸞さまのことは知っていました。浄土真宗は、寺の僧侶を在家の代表と考え、妻帯してもいいと親鸞さまが教義を変えたので、奥さんも坊守と呼ばれて、ちゃんと役割があるんです。ところが、禅宗などは、教義上は女を近づけるのは破戒なんですね。それなのに明治以後、みんな結婚するようになったから、奥さんは何も役割がなくて裏の人。それで私もだんだん勉強して、浄土真宗は、開祖の親鸞さまが妻帯を認めただけ、ましだったんだ、ということがわかりました。でも、モンゴルの歴史を勉強するまでは、仏教はそれほど好きではありませんでした。
ところが、モンゴル人は本当に、全身全霊で仏教徒になるんです。17世紀に中央アジア貿易で儲けたモンゴル人は、儲けをすべて金と銀にかえて、馬も売ってラサに持って行った。ポタラ宮の上の五層はモンゴル人の寄附で建ったんですよ。私は、どうしてモンゴル人がそんなに仏教に惹かれたのか、という疑問からチベット仏教の勉強を始めました。モンゴル史研究で大変なのは、漢文はもちろんですが、満洲語やモンゴル語やロシア語の史料があって、チベット仏教徒になったからチベット語も必要。私はそれぞれの言葉を三年ずつ、お金に縁のない修行僧のように勉強して、モンゴル人のいく所を追いかけました。
チベット学は、山口瑞鳳先生という、とても偉い仏教学・チベット学の先生に習って、初めて仏教は素晴らしい哲学だったんだと目覚めました。ブータンやチベットの仏教は、日本に伝わった仏教とずいぶん違います。それは環境のなせるところが大きい。日本の仏教が悪いわけではないんですが、それぞれのやり方をしているのです。本日の最後に、私はこんな風に理解したという、チベット仏教の話もしたいと思います。