2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第3回 宮脇先生 4月27日 2/7
チベット人の幸せ 仏教徒としての人生
チベットは、今本当にかわいそうです。私は国士舘大学で中央アジア史も教えていますが、中国人留学生相手にチベット問題の話をするのは、互いに嫌ですね。中国共産党は、ウソの歴史を作ります。チベットもウイグルもモンゴルも、武力で制圧したところなのに、古来中国の不可分の領土などと国民に教えます。実際には、帝国主義的植民地支配をしています。仏教徒のチベット人とイスラム教徒のウイグル人の宗教を禁止しようとする乱暴さが、決して彼らが中国を受け入れない原因なんです。
1949年、中国共産党はチベットを取ると宣言しましたが、そのときチベットには軍隊がなかった。平和な仏教国だったし、産業が少なく食べるものが少ないので、清朝時代にも、チベットには軍隊を常設しなかったんです。清朝大臣の護衛武官しかいなかった。高度3000メートルから5000メートルくらいで、きりきり食べていけるだけの物しか取れなくて、人口も多くない。軍隊を食べさせられない。チベットというのは抵抗力のないところだったんです。1950年、人民解放軍は、農奴を解放する「チベット全域解放作戦」と言って、東チベットのチャムドを占領しました。だいたい共産主義はきれいな言葉を使います。例えば「粛清」はきれいにするという言葉ですが、処刑のことだし、「洗う」という言葉は全滅させるという意味ですからね。きれいな言葉で、実際には掃討作戦をする。
地図を見ればわかりますが、この間の四川大地震の震源はチベット人の自治州でした。あの辺は、もともとチベット人が暮らしていたところに漢族が入って作った街なんです。山の中には核があったので、外国人の立ち入りを禁止しました。9万人の死者・行方不明者には、チベット人の数は入っていないそうです。
四川省の西半分はカムと言って、もとはチベットでした。パンダはチベットの動物です。だって、何千年も前から人が住んでいるところでパンダは暮らせませんからね。パンダの生息地が、今は四川省に含まれるわけです。それから、青蔵鉄道ができましたが、青は青海で、蔵はチベットのことです。今の青海省はチベット語でアムドと言い、ずっと昔からチベット人とモンゴル人が住む土地でした。
中国の省は、内地の行政を敷くことなんです。税金の取り方や統治の方法が完全に漢族のやり方になる。自治区というのは、建前では現地の言葉を重んじる。二カ国語で書く、とか、一応主席には少数民族をあてて、副主席には漢族が並んで、実権は漢族が握るんです。最近の中国では、チベット自治区や内モンゴル自治区やウイグル自治区も、実質では全部省にするつもりで、どんどん漢族の移住を増やしています。
1958年に青海平定作戦が始まりましたが、これまで通りの生活をしたいと抗議した11万6000人が殺されました。これはチベットの地下資源と水がどうしても必要だったからです。もとの漢族地帯には資源は何も残っていなくて、だから日本人がうらやましがる石油や石炭は、すべて少数民族地帯にあるんです。大慶油田も内モンゴルです。長い間人口が少なかったから、資源が残っているんです。レアメタルも、かつて中国ではなかった少数民族地域にあるので、完全に植民地支配です。中国政府は、2世紀くらい前までは、アメリカもロシアも同じことをしたのだから、我々がして何が悪い、なんで我々だけ責められなければならない、と居直っています。遅れた帝国主義なんですね。