2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第4回 宮脇先生 5月11日 3/7
モンゴル人の幸せ 国家と民族と家族への思い

撮影:西村幹也

撮影:西村幹也


この写真は夏ですが、モンゴル人にとって家畜がたくさんいることが幸せ。夫婦が仲良く一緒に年取ることが幸せ。
家の仕事も非常にたくさんあるので、女は家を守ります。小さなゲル(テント)では5人くらいしか寝られない。1家族だとお父さんと息子しかいない。だからだいたい、2つか3つのテントが1つの単位で、これを、遊牧の最小集団=アイルと呼びます。村もアイルというのですが、モンゴル人の集団はつまり、規模が大きくなったり小さくなったりするんです。雨の降る夏、草が十分にあるときは、みんなで川縁に集まって遊牧できるけれど、秋あるいは春は、草が少ないから散らばったほうが効率がいいわけです。だから、2つ3つのテントだけが一緒です。2つのテントが必ずしも血縁でなくてもいいんです。友達同士でもいい。今年一緒にやろうね、といって。これを家族と見なすわけです。


 撮影:西村幹也
モンゴルの年平均降水量は2~300mlしかありません。日本だったら、台風がきたら一晩です。モンゴルはだいたい雨は夏に降るので、冬に雪が深いということはほとんどない。寒いので霜が凍ったりはしますが、だから冬でも家畜を放牧することができるんです。どんなに寒くても、草が見えていたら家畜は草を食べます。以前モンゴルで家畜がたくさん死んだ年があったんですが、その理由は、一度温かくなったあと雨が降って、そのあと猛烈に寒くなり、草の上に氷が張ってしまって、家畜が草を食べられなくて、ばたばた死んだんです。
モンゴル国の人口が増えて、今では267万人になりましたが、草を家畜に食べさせて、人間が家畜で暮らせるのは、90万人から100万人くらいです。そうすると、あとは輸入する食糧でまかなわなければなりません。社会主義時代には、国が音頭をとって小麦農場をたくさん作り、小麦の自給自足が一度は成功したんです。昔から、農業ができる場所が、何カ所かはありました。オルホン河のそばなどです。
でも遊牧民であるモンゴル人は土を掘るのは嫌なんです。自分たちは馬に乗って高いところから見下ろして、農民は虫けらみたいだ、土にしゃがんで生きている、と言います。それで、司馬遷『史記』が伝える匈奴(きょうど)の時代から、農民を捕まえて農耕させていました。肉のスープだけだと腹持ちしないので、遊牧民にも穀物がぜったい必要なんです。でも、自分たちでは作れないので、お肉とチーズと馬をもって南の農民のところにやってきて、交換してくれ、と言う。「天高く馬肥ゆる秋」と中国のことわざにあります。日本ではこれを食欲の秋と考えますが、ぜんぜん違う。「秋になって収穫があった、さあ遊牧民がくるぞ」という警告なんですね。黒澤明の「七人の侍」みたいな世界ですよ。平和裏に交換ができることもあるけれども、基本的に遊牧民は小麦がほしいので断固として取っていく、何も置いていかないこともある。これが中国史のパターンで、だから万里の長城もできましたし、北に対する備えはあったのです。だけど南から船でやってきたイギリスには備えがなかったので、アヘン戦争以後、中国はダメになったんです。モンゴル人は18世紀までは強かったですね。
社会主義時代に大々的な国営農場を作ったときは、春の植え付けと秋の刈り取りは、国家が首都の労働者と大学生を強制的に動員して、機械作業をやらせました。国を挙げて農業にせい出したおかげで、1980年代、ちょうど民主化直前に自給率が100%になりました。
ところが、91年にソ連がなくなり、92年にモンゴル人民共和国がモンゴル国になって、よかったことは、チンギス・ハーンの復活と仏教の復興ですが、悪かったのは、人のことなんかかまわないアメリカ式の効率主義と、IMF(国際通貨基金)が援助に入ったとき、担保が必要だからと、土地の所有をさせたことです。そのせいで伝統が破壊されて、市場経済が入ったせいで人の助け合いもなくなり、昔だったら雪害や冷害があったときには助け合って、飼料の備蓄も少ない量だけど国家が用意していたのに、そういうことをする人がいなくなった。誰も助け合わなくて、人心が荒廃しました。
前述の私の友人も、社会主義時代は高級官僚の科学アカデミー会員でしたが、民主化後、日本との関係が大事になったので、国立大学に日本科ができて教授になったのですが、「昔のほうが幸せだった。今は競争競争といって、自分のことばっかりになった。新しく政治家になった人は、政治家でいる間に金儲けをしようとするから、いろんなことをして賄賂を取って、今のうちにと家を買う。社会主義時代は、ある階級以上の人たちが責任をもって統治していたので、プライドがあった。すでに金持ちが幹部だったから、卑しいことはしなかった」と言います。聞いてみないと分からないですよね。社会主義じゃなくて民主主義になって、本当に幸せになったのか。民主主義というものを、もう一度根本から考え直さなければいけない時期が来ていると私は思います。