2011年度 世田谷市民大学 連続講義


「アジアの幸せ」

第11回 土佐先生 6月29日 4/7
韓国~祖国の幸福と個人の幸福
それにたいし、トルストイもいっているように、不幸というものはもっと具体的な顔をもっています。そうした考え方を、消極的幸福観と呼ぶことができると思います。こちらによれば、幸福とは何かというものに対する積極的な定義がないのです。とにかく厄災とか不幸に遭わないこと、これが幸福であると。そんなにたくさんのことを望まないで、そこそこの生活で満足する。物質的に非常に限られた条件で生きていた前近代の多くの社会では、この消極的幸福観の占める割合は非常に大きかったと思います。儒教が教えるような分に応じた生活を確立していくこと、そしてシャーマニズム的な手法で不幸を予防し、その被害を最小限で食い止めること。それが人間が幸福にたいして取りうる最善の距離ではなかったでしょうか。
その1つの具体例として、「プジョク(符籍)」というものをご紹介したいと思います。日本でもお札とかお守りみたいなものがありますけども、それに近いものです。厄災を防ぎ、不幸を回避するためのお守りというのがプジョクで、今でもたくさん見られます。
基本は黄色い紙に朱墨で書く図案です。お寺に行って僧侶に書いてもらったり、あるいは占い師に書いてもらったりするようなものです。自分の鞄の中に入れておいたり、あるいは家の柱に張ったりして、災いを防ぐほうに重点が置かれているものです。積極的に幸福を得るためのプジョクもないわけではありませんが、人々が具体的にどんなものを幸福や不幸と考えているかということを知るための、非常にいい材料です。
今日はほんの一部しか紹介できませんが、非常にたくさんの種類があります。日本のお守りというのは、家内安全とか、健康、車で事故に遭わないためとか、すべてを合わせても10種類を超えることはないと思うのです。全部数えたわけではないのですけども、プジョクの場合、おそらく100種類を超えるぐらいあるのではないかと思います。
例えば、これは、三災、つまり自然災害から免れるためのプジョクです。何が書いてあるかということはあまり意味がない。一応漢字に近いものを書いていますけども、漢字というよりは一種の呪文としての文字ですね。それぞれの字として意味があるわけではなく、そういう霊的な力を持った人がこれに書くことである種の力、神秘的なパワーが生まれるというふうに信じられているものです。だから字面を見ても、意味が分からないです。




これは儒教社会らしいもので、息子の出産を願うためのプジョクです。




これは先ほどちょっと触れた「官災」を防ぐプジョクです。役所関係、警察だとか検察、裁判所、政府、そういうところに問題が生じることを官災といい、それを防ぐためのプジョクです。




ほんの一部だけご紹介しましたけど、こういうものが無数にあります。日本でも若い人がお守りとか結構買い求めたりしますけど、韓国でもこういうものは若者でも持っていたりします。本人がというよりは親が買い求める場合もあり、日本で合格祈願のお守りを親が買ってきて子どもに与えるというパターンと似ています。こういうものを見ていると、人々の抱く厄災観、禍福観が分かってくる。どっちかというと先ほどの消極的な幸福観に近い世界で、人々がどのぐらい三災八難に代表されるような厄災によって自分の生活が脅かされることを恐れていたということがよく分かるのですね。
昔は飢餓がいつ襲ってくるか分からないような状態でしたし、乳児死亡率も非常に高かった。欲望を無限に膨らませ、理想を追求するよりは、厄災を防ぐほうが現実的な課題でした。そういう環境で、プジョクのような呪術的な手法が発達し、消極的な幸福観が説得力を持ったわけです。